「終身会長」 アマチュアボクシング界のドン・山根明会長辞任で思った事|青木理

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 最近ちょっと気になったことふたつ。
 
 まずはメディアの狂騒が続く日本ボクシング連盟の「終身会長」をめぐる一件である。アマチュアボクシング界を牛耳ってきたドンの独裁的組織運営の実態について、あるテレビの情報番組では大手新聞のベテラン政治記者が呆れ果てたような表情でこうコメントした。

 「なぜこれほど長い間、権力を持ってこれたんだろうといえば、それを支える人がいるからですよ」

 仕事場で原稿を書きながらテレビを眺めていた私は、思わず「うっそーっ」とつぶやいてのけぞった。このベテラン政治記者が所属する新聞社こそ、メディア界でもっとも独裁的な経営者に長く牛耳られ、しかも業界内では当該のベテラン政治記者がその”茶坊主”と揶揄されているからである。

 人間というものは自らをこれほど客観視できないのか。または、これほど無自覚な者でなければ独裁者の”茶坊主”など務まらないということか。あるいは、自らが独裁を支えていると自覚しつつ、独裁のありようを説いているつもりなのか。

 一方、問題となった「終身会長」の言動の数々は、こう記してしまえば不謹慎かもしれないが、まるで一時代前の三流任侠映画のパロディかと思わせるほどマンガチック。そうした一連の言動の中で妙に心に引っかかったのが、ロンドン五輪の金メダリスト・村田諒太選手を「若造のくせに生意気だ」「1人でメダルを取る力はない」などと罵倒した一言だった。

 勝手に「終身会長」の心情を忖度すれば、村田選手から「そろそろ潔く辞めましょう。古き悪しき人間達」と突きつけられたことに腹を立てたのだろう。ただ、「終身会長」の暴言には、過去に話題となった類似のセリフを思い出した方も多かったのではないか。

「分をわきまえなきゃいかん。たかが選手が」

 2004年、プロ野球の再編問題が沸騰した折、経営者側との会談を提案した日本プロ野球選手会の古田敦也会長に向け、某球団のオーナーが発したセリフである。
 このオーナー、当該の球団で間もなく発覚した不祥事の責任をとって辞任に追い込まれたが、いまなお球団を所有する大手新聞の独裁的経営者として君臨しつづけている。

 そう、それは前出の”茶坊主”が所属し、忠誠を尽くしている新聞経営者と同一人物である。今般にわかに話題となった「終身会長」ほど軽量級ではないにせよ、根本的なたたずまいは両者にさほどの差異はない。

 つまり、”茶坊主”のコメントは直ちにブーメランとなって己と己の支配者に突き刺さる。まったく笑い事ではない。いや、大いなるブラックジョークというべきか。(文◎青木理)