ツイッター黎明期を振り返る 津田大介、徳力基彦、いしたにまさき、コグレマサト、田口元各氏が盛り上げていった
そうしたことから、初期の頃はツイッターになれたギーク達が初心者に対して使い方・楽しみ方を手鳥足取り教えていた側面があった。今の殺伐とした空気感のツイッターでは考えられない状況である。それに対して「ありがとうございます!」と返事を送れるだけで、その新人さんはレベルアップしたし、教えてあげた側も満ち足りた気持ちになれた。そして、その新人が別の新人に懇切丁寧に教えてあげるという幸せなループがあった。
2009年に津田氏が『ツイッター社会論』を上梓し、2010年初頭に週刊ダイヤモンドがツイッターの一大特集をしてから日本はツイッターに沸き立った。主にメディアの側からである。「ツイッター婚」といった言葉さえ出す雑誌もあった。まぁ、単に「ツイッターがきっかけで出会い結婚した男女」というだけである。「合コン婚」「共通の趣味婚」「お見合い婚」と同じなのだが、メディア的には「新しい結婚への道」ということで取り上げやすいのだろう。
かくしてメディアもツイッターに熱狂していくが、その頃の雑誌の特集のデザインのトレンドが今考えるとかなり恥ずかしい。女性誌で「私の鉄板美肌法」みたいな特集があったとしよう。すると、あたかもツイッター投稿の140文字風フキダシ的なデザインの中に「何はなくともキュウリパック。お風呂に入った後は必ずコレです。キュウリはその後洗って翌日のサラダにしちゃいます(笑)」みたいなことが書かれてある。
販売部数が激減していた当時の雑誌が、なんとか最先端風の空気感を出そうとツイッター風デザインをしたのだろう。さらに、「ツイッターの使い方」といった特集もされていた。実に牧歌的である。
あとは呼び方も問題になった。今でこそ「〇〇氏がツイッターで××と発言した」というものは補足は不要だが、当時のツイッターの呼び方には補足が必要だったし、その呼び方も定まっていなかった。
私が覚えているのは「短文投稿サイトのツイッター」「ツイッター(ミニブログ)」「マイクロブログのツイッター」「『つぶやき』を投稿できる『ツイッター』」といったところだろう。今考えると「ミニブログ」ってなんだよ! と思うものだが、何か一つのサービスが定着するまでにはこのような紆余曲折が存在するのである。(文@中川淳一郎 連載「俺の平成史」)