下北沢を舞台に二人の青年の夢が交錯する 実話をもとにした映画『あとがき』 主演・猪征大インタビュー

 

新進気鋭の監督と役者をそろえた映画「あとがき」がシモキタ・エキマエ・シネマ『K2』にて3月1日に公開されます。通称「シモキタ」で知られる下北沢を舞台に、バイトをしながら路上で一人芝居をし、俳優を目指す春太と吃音があるミュージシャン希望のレオの二人。玉木慧監督の周囲の人物をモデルにした実話を元にした映画です。主演の猪征大(いのゆきひろ)さんは、以前インタビューしましが大変、熱い心の持ち主とい印象を受けました。https://tablo.jp/archives/45477

それからすぐに主演を射止めた猪さんですが、まずはオーディションに受かったときのことから聞いていきました。

 

 

  • 「主役が決まった時は、思わず人がいるのにも関わらず叫んでしまいました」

 

猪征大 主人公の春太と僕はすごくリンクしているんですね。設定としては地方から出てきて東京の下北沢という街で、有名になりたくて、一人芝居をしながら夢を追いかけている8年間を描いた映画になっています。で、僕も撮影中まで下北に住んでまして、しかも8年目だったんですよ。オーディションをたまたま見つけたときにその題材が書いてあって「まるまる俺のストーリーじゃん!」みたいな(笑)。当時はまだ今の所属事務所に入った直後ぐらいでフリーの時期もあったりして『来る仕事はエキストラばかりで鳴かず飛ばずの日々を過ごしている主人公が』みたいなあらすじを見て「俺じゃないか!!」と思ってオーディションを受けました。

 

――オーディションに合格した時の感覚は覚えていますか?

 

猪征大 覚えています。外でマネージャーからのLINEを見たら、「主演で決まったよ」って入ってたんですよ。リアルに叫びました。「ウーッシャ!!」って。ホントに駐車場で、人もポツポツいるなか。こんなに自分に重なってるものはなかなかめぐり合えないと思います。

 

あとで監督に裏話を聞いたら、レオくん役(遠藤史也)もオーディションがあったんですよ。この組み合わせで打診して、どちらかがやめるって言ったら次の組を当たろうっていう考えだったらしくて、だからレオくんが断っていたら僕はこの場にいなかったんですよ。レオくんは、吃音とかギターとかいろいろあったんで悩まれてたみたいで、それで時間かかったって言われました。

 

――あの映画自体、実話をもとにされているんですよね。

 

猪征大 そうなんです。監督の玉木慧さんに役者を目指している人とアーティストを目指してる友達がいて、その二人の下北での日々を映画にしようっていうことになったんですけど、僕もきっと同じ時期に下北に住んでいたんだろうという作品です。だから僕の友達は、この映画が発表になって予告とかあらすじを見て「うわ、猪の実話なんだね。猪の実話と思ったら予告だけで号泣しちゃった」みたいなLINEが来て(笑)。そういう錯覚が起きるくらい、まさに自分の物語と似ている作品になりました。

 

――じゃあ、役作りはほぼ自分のことだったんですか。

 

猪征大 いわゆる役作りって見た目を変えたり色々やられるじゃないですか。今回でいうと僕と一緒に夢を追いかけたレオくんっていう吃音を持ったアーティストの子はギターもやったことなかったんで1からギターを習得して、プラス吃音を取り入れる物理的な役作りをしていたんですけど、僕は見た目だとかしゃべり方とかそういう部分の役作りはなかったので、それが逆にちょっと難しくて、何したらいいんだろうってすごく考えた時間ではありました。

とにかく自分の物語と春太の人生を重ねながら共感できる部分を見つけていくのと、僕も東京に来て、最初はホテルマンやって辞めて、ドラマの制作やってエキストラをやってっていう感じで夢に向かう日々でいろんなことがあったので、自分が過ごした思い出深い場所に赴いてという、行動としてやった役作りだとそれはありましたね。

最初に住んだ街に行ってブラブラして管理人さんに挨拶に行ったら管理人さんはもうご高齢でいなくて。最初にバイトしたところに行ったり、働いてたお台場に行って、こんな景色だったなとか、いろんなことを思い出す作業を一応役作りとしてしました。

 

――初主演で、学んだこととかありますか?

 

猪征大 セリフが圧倒的に多いのと、129分を通してずっと出ずっぱりぐらいなので全部のところに気を抜けないです。ただ僕もチョロッとですけどいろんな作品に参加していまして、先輩方とかクルーの様子を見ているほうだと思うんですよ。

 

例えばこの現場はちょっと雰囲気悪いなって考えると、「こういうことがあるからだ。この現場はすごく雰囲気いいな。あの人が真ん中ですごい盛り上げてるんだ」とか。自分がこれまで見てきた景色を吸収して、じゃあ僕が主演で真ん中に置いて頂いているということは、どういうことをしなきゃいけないんだろうっていうのも役とは別で考えました。それがこの映画で一番こだわったことかもしれないです。これは賛否あると思うんですよ。役者は役のことだけ考えてやれば良いという。もちろんそこは疎かにはしてないんですけど、自分がこの立ち位置で出来ることは何なのかっていうのは常々考えていました。

 

 

  • 「下北沢という街」から学んだもの

 

 

――浜松から上京されて、住んでもいた、舞台となった下北沢はどんな街でした?

 

猪征大 下北は僕のイメージだと自分らしく生きている人の集まりだなっていうのが、特に8年前に僕が住み始めた頃は印象的でした。それはファッションに大きく出るなと思いました。着ている服が見たことない、どこで作っているのか、全部手作りなんじゃないかという服装の人が多いなという印象と、夜に街を歩いてると、僕だったらやらない、人目をはばからずにはしゃいでる人とか。真冬なのに薄着で駅前で自分の歌を泣きながら歌っている人とか(笑)。

 

あと、実際に下北でひとり芝居してる人に会ったことあるんですよ。駅前で人がいない中、一人のお兄さんが立っていて、「お金くれたら一人芝居します」みたいに書いてあったんです。僕は普段そういう人にあまり話しかけないんですけど、向こうから「お兄さん、何か芝居観たいっしょ」みたいなこと言われて。「雨に苦しんでる芝居します」と、数秒間だけやり始めたんですね。僕は100円払って見せてもらって「ありがとうございます」って言ったら「俺、渋谷でもやってんだよ」「そうなんですね、わかりました」とか言って。その後もたまにその人を渋谷で見かけたんですよ。ハチ公の脇ぐらいの横断歩道の前に立っていました。でも、ごめんなさいですけど顔伏せて通り過ぎました。そういう人がいたりで、下北は「俺はこういう生き方なんだ!」っていう人が昔の印象です。ただ時間が経って駅とか風景がものすごい変わりましたね。

 

――では、街そのものから受けた影響はあったわけですね。

 

猪征大 そうですね。ただ僕はそこで素直になれなかった側かもしれない。あんまり「自分をさらけ出すんだ」みたいなのは億劫な性格だったので。でも、うらやましいなと思っていました。たぶん後先考えずに、この人はこんなに酔っぱらって騒いでいるけど明日バイトとかないのかなとか思うと、今を生きているなっていうのはうらやましかったです。

 

――なので、この役をやってから春太のような人の気持ちがわかったりした?

 

猪征大 あります。当時はちょっとバカにしている部分もあったんですね。こんなことして何になるの?って。例えば芝居も僕が100円払って、ものすごく心が動いたりしたらまた違ったんでしょうけど「ただ大きい声出して動作しただけじゃん」みたいな。一人芝居をする役をやってみて、「俺がいま街で一人芝居やれって言われたらできるか」って考えたら、「これは相当根性ないとできないよな」と思ったんです。「あのお兄さんすげえな、根性あるんだな、バカにしてごめんなさい」って気持ちになりましたね。きっとあの人も何かと闘っていたんだと思います。

 

――自分の半生の作品みたいなものを初主演という形で観てもらえるわけじゃないですか。観る人にどんなものを与えたいとか、観たうえでどうしてもらいたいとかはありますか?

 

猪征大 素直に、僕のことを俳優・猪征大として知っている人って世の中にまだ全然少ないので、きっと観てくれる人は身近だったり、これまで応援してきてくれた人だったり、少なからず何かの作品を観て僕のことを好きになってくれた人になってくると思うんです。僕が役者をやりたいと思ったのは、観てくれた人に元気や活力を渡せる職業だと思ったので、僕も知らない誰かにそういう気持ちを渡すことができるように役者を頑張ろうと思ったんですね。まずはそういうことができる一歩になったらいいかなと思っています。

 

 

  • 「一本でいい。誰かの心に残る作品で演じたい」

 

 

――ここから名を広めていって、目標とかこの次はどこを目指すとかはありますか?

 

猪征大 最初は夢だった俳優というものが、あるときから夢じゃダメだなと思うようになってきました。あくまで目標とか通過点って考えるようになったときに、色々やりたいことが出てきたんですよ。まだ口に出してないものもありますし、そこはまだ自信がないし。でもやりたいことはいっぱいあるんですよ。

一番大枠で目指すところでいうと、映画やドラマを観る方々はいろいろ観てきてると思うんですけど、「一番好きなの何?」って言われたら「私はこの作品」「僕はこの作品」ってマイ・フェイバリット・ムービーというか、心に残っている一作がきっとあるじゃないですか。人のそれに残れるような役者でありたいというか、そういう作品をつくる役者になりたいっていうのが目標です。有名になりたいとか、こういうドラマに出たい、あの人みたいになりたいっていうよりは、「一本でいいので誰かの心に残る作品をつくる役者になりたい」というのが目標です。

 

――映画の公開がいま決まっているのが下北沢と浜松になってるじゃないですか。それはご出身でそういう話がっていうことですか?

 

猪征大 僕がプロデューサーに直談判しました。東京都内でも、どこでやるかまだ決まっていない段階で、でも全国でやりますよってプロデューサーが言ってたんで「じゃあ浜松の映画館でも」と言いました。一番デカい東宝の映画館もあるんですけど、そこでやるのは無理だっていうことはわかるので「じゃあどこならできるだろう」って考えたらシネマイーラという、いわゆる単館の映画館があるので、ここだと思って、プロデューサーに「こういう映画館があります。普段はこんな感じのを上映してます、たぶんイケる気がします、お願いします」ってしつこいぐらいお願いしたら当たってくださって。そしたら向こうの方も、「浜松の子なんだ、高校どこ?」。「ハマショウ(浜松商業)です」。「ハマショウ? いいねえ!」みたいな感じで決まったみたいです。

 

――それ言ったら浜松の人みんな行きますよ。

 

猪征大 そうですよね(笑)。浜松の人はミーハーなんで。まだ発表されてないところもあるので、これから下北で頑張ってお客さんが入ったら都内の他の映画館も話が出てるみたいなので、みなさんご協力お願いします。

 

――配信もできたらいいですね。

 

猪征大 それも想定しているみたいです。

 

――先ほど、人の心に残る役者になりたいとおっしゃってましたけど、猪さんの心に残ってる作品はどれでですか?

 

猪征大 『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』という洋画です。いわゆるタイムリープもので、主人公がある年齢を境に家族が持ってる力で、過去に戻ることが出来る能力を身につけるんですよ。その日から人生が進んでいくなかで「うわ失敗した」と思ったら、過去に戻ってやり直してって進んでいくんです。終盤になって、過去に戻ることよりも今を大事することが重要で、今を大事に生きていれば過去に戻りたいということがなくなってくる。で、主人公が自然と過去に戻らなくなっていくっていう話なんです。

いつも、上手くいかなかったり、つまずいたりすると、誰しもあのときこうしとけばよかったなと思うんですけど、そうではなくて「今起きていること、今近くにいてくれる人」を大事にしていけば全部が愛しくなってくるというメッセージがあると思いました。

僕もあるときからそういう考え方に変わってきました。そう思うと、食べものすら愛おしいというか。このカレーライスのこのルーのこの一部って世界中で、僕しか食べられないわけじゃないですか。そうなると「自分に起きていることは全部ありがたいことなんだ」って思うようになり、昔を振り返ることがなくなってきたんです。『アバウト・タイム』を観てすごく感銘を受けてそうなっていったんですよ。なので僕はそういう作品を作れる役者になりたいと思いました。『アバウト・タイム』というのはすごく大事です。

 

――最後に映画を楽しみにされている方にメッセージをお願いします。

 

猪征大 この映画は誰しもが感じたことのある感情を描いている作品だと思います。そこには目を背けたくなるところもあると思うんですけど。今を生きるすべての方に、ほんの些細な人生の応援歌になったらいいかなと思います。何が正解で何が間違っているとか、人生にそんなことはないので、今生きてることと過去に過ごした自分とこれからの自分を、たくさん愛せるような時間の一部になれたら嬉しいです。(文@久田将義 写真@菊池茂夫 ©TeamDylan)

■あとがき公式 公式サイト:https://atogaki.jp 公式X(旧Twitter):@atogaki_movie Instagram:@atogaki_movie