戦後最悪の冤罪事件か「飯塚事件」再審請求認めず 「正義の行方」はどこへ│プチ鹿島

死刑制度の有無を考えさせられる、青木理著「絞首刑」。

先週木曜にジャーナリストの青木理さん、TABLO編集長の久田将義さん、私プチ鹿島の3人でトークライブをおこないました。好評すぎて第20弾。

まずは久田さんの新刊『特殊詐欺と連続強盗 変異する組織と手口』のとっておき話。さらに青木さんが理事を務めている某組織で「理事長」に会った話。そこの会員が入れる霊園の話で爆笑の展開でした(ある理由が)。そして東京都知事選や官房機密費の話。

話題てんこ盛りだったのですが、後半にきちんと議論したテーマがありました。それは「飯塚事件」。ライブ前日に福岡地裁が再審開始(裁判のやり直し)を認めなかったというニュースが飛び込んできたからだ。この飯塚事件は公開中の映画『正義の行方』(木寺一孝監督)で描かれている。※2022年4月にNHK BSで放送され、各賞を受賞したドキュメンタリーを劇場版として公開。

どんな事件か?1992年、飯塚市で小学1年生の女児2人が登校途中に連れ去られ、遺体で見つかった。殺人などの罪に問われた久間三千年元死刑囚の死刑が2006年に確定し、その2年後に執行された。異様な早さだった。

青木さんはこの事件を取材して『絞首刑』(2009年・講談社)という著作におさめている。飯塚事件にもっとも詳しいジャーナリストと言ってもいい。なのでライブであらためて思うところを話してもらった。

以下、青木さんの言葉を、「再審認めずは疑問」と書いた新聞社説(東京6月6日)と併せて書いてゆく。

飯塚事件の元死刑囚は一貫して否認していた。元死刑囚と犯行を結び付ける直接証拠は存在せず、無罪を主張していたが4つの状況証拠が”決め手”となった。それは、

・DNA型鑑定

・目撃証言

・車内の血痕

・繊維鑑定

第1次の再審請求では、当時のDNA鑑定の信用性に疑問があった。冤罪が明らかとなった「足利事件」とほぼ同じ時期に同じ方法でおこなわれたものだったからだ。裁判所も証拠能力の根拠を否定した。※福岡地裁は14年に「(DNA鑑定で)ただちに有罪認定の根拠とはできない」とした。だが他の状況証拠などから再審請求を棄却。最高裁も再審を認めなかった。

そして第2次の再審請求では2人の新証言から「目撃証言」が怪しくなった。

《1人は被害女児の最後の目撃者とされた女性。確定判決は目撃現場で連れ去られたと認定したが、「見たのは別の日だった」と法廷で証言。警察に押し切られて「記憶と異なる供述をした」と述べた。もう1人の目撃者は男性。事件当日に別の場所で、被害女児に似た2人が乗っていた車を見たが、運転者は元死刑囚とはかけ離れた風貌だったという。》(東京新聞社説)

つまりどういうことか?法廷の証言通りなら「4つの脆弱な状況証拠のうち、2つが(DNA型鑑定に続き目撃証言も)『消えた』ということになる」(青木理)。

しかし、福岡地裁は「新証言は変遷があり信用できない」などとして再審を認めなかった。社説は「乱暴な判断ではないか」と書いた。ここまで読んで「えっ」と思った方はぜひライブアーカイブで確認してほしい。青木さんが語り、説明している。大事な論点がたくさん詰まっています。(文@プチ鹿島 連載「余計な下世話」)

※6月20日まで視聴可能

青木理×久田将義×プチ鹿島の——

“タブーなきニュース空間へようこそ” vol.20

https://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft9/284250