大村和子(仮名、裁判当時64歳)が「もう歩きたくない」と言い始めたので、一緒に買い物に来ていた娘夫婦は彼女をスーパーの外のベンチに座らせて自分たちは買い物を済ませるために入店しました。彼女は変形性膝関節症であまり足が良くありませんでした。
買い物を済ませた二人が外に出てきたらベンチに座っていたはずの彼女がいなくなっていました。店内を探してもいない、電話をしてもつながらない、困り果てていると彼女から電話がかかってきました。そして、
「今、万引きで捕まって警備員室にいる」
と告げられました。
彼女が万引きしたものはボタンアメ二箱、販売価格合計200円でした。バッグに隠しこんだアメを店外に出て食べはじめたところで、犯行の一部始終を目撃していた私服警備員に声をかけられました。
「店の者です。わかりますよね?」
「...わかります」
彼女は前科2犯前歴4件を有していて、そのいずれもが同種の万引き事案でした。そして彼女はこの時、執行猶予期間中でした。
「ふと甘い物が食べたくなった。財布は持っていなかったし、私は糖尿だから娘に言っても買ってくれない。盗もうと思った」
これが犯行の動機でした。
「まさか私がいる場所でそんなことをするとは思わなかった」
と、証人として出廷した彼女の娘は話していました。
事件の数年前、和子と娘の間の関係は破綻寸前の状態になっていました。娘は、
「前回母が万引きで捕まった時、もう縁は切ろうと思っていました」
と証言しています。度重なる万引きに加え、ストレスがたまると感情の上がり下がりが激しくなり自傷行為等の衝動的な行動に出てしまう彼女と一緒にいることに耐えられなかったようです。しかしこの時は関係を絶つことを思いとどまりました。妊娠していることが判明したからです。
「孫が出来れば、母も変わるかもしれない」
そう望みを託して、その時留置場にいた彼女に妊娠を報告しました。
娘が望んだ通り、執行猶予判決を受けて家に戻ってきた彼女は変わっていきました。孫について聞かれた時に、
「孫がいるから、私の存在があるんです」
と話していたように、彼女にとって孫と一緒にいることは生き甲斐でした。以前のように感情がコントロール出来なくなることも自傷も、そして万引きもしなくなっていきました。以前の裁判から日数も経ち、落ち着いた生活を取り戻すことが出来たと娘が安心していた時に、和子は再び事件を起こしてしまったのです。
「悪いのはわかってたけど、つい魔がさした」
彼女は犯行に至った理由をこのように話していました。たとえ軽い気持ちでの犯行であっても万引きは窃盗罪です。それも執行猶予期間中の犯行です。被害金額がわずか200円であっても彼女には実刑判決が下る可能性が非常に高いのです。この事実は、彼女の更生をすぐ側でずっと見守っていた娘には辛いものでした。
「母は変わった、と思ってたので...今回のことはショックでした。母が刑務所に行くことになるのは覚悟してます。刑務所で罪を償った方がいいと思います。でも今孫と離れてしまったら母はどうなってしまうのか...」
生き甲斐である孫と引き離されての長期間服役が彼女の更生に繋がるのかどうかはわかりません。また以前の彼女に戻ってしまう可能性もあると思います。
私服警備員に声をかけられた時に
「何でこんなことしちゃったんだろう、失敗したな、と思いました。もう少し我慢しておけばよかった」
と思ったそうです。糖尿病で甘い物を食べてはいけないことも、万引きをしたら刑務所に行くこともわかっていました。それでも彼女は我慢が出来ませんでした。ボタンアメ二箱で家族の、そして彼女自身の人生も大きく歪められてしまいました。
「孫のために二度とやらない。もう迷惑をかけたくない」
今後の彼女の人生はどうなっていくのでしょうか。「孫のために」、その言葉を嘘にしないためにももう再犯に至らないことを期待したいものです。(取材・文◎鈴木孔明)
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