なぜ、娘を犯行に加担させたのか
買い物をするためにスーパーに来店した松田ひとみ(仮名、裁判当時37歳)は、陳列されている商品の豚肉を見ていると耐えられないほど気分が悪くなってきました。彼女は妊娠していてつわりがひどく嘔吐してしまうこともたびたびありました。
それに加えて、この日は8月10日、とても暑い日だったそうです。この事も彼女が突然体調を崩してしまったことに関係があったのかもしれません。レジの方を見るとたくさんの客が並んでいました。
早く家に帰って休みたい。
レジに並びたくない。
彼女は買い物カゴの中の商品を次々と持参したトートバッグに入れはじめました。そして一緒にスーパーに連れてきていた5歳の娘にも商品のペットフードを持たせ、精算を済ませることなく店外へ出て行きました。
店の外に出てすぐ、彼女は犯行の一部始終を目撃していた私服警備員に声をかけられ万引き犯として現行犯逮捕されました。
被害品はペットフードを含め18点、被害額は3782円でした。
なぜ、娘を犯行に加担させたのか
第一回公判が開かれたのは事件から約3ヶ月後、11月30日でした。出産予定日は翌年の1月です。
夫、中学生の長女、そして今回万引きをさせられた5歳の次女の4人暮らし、特にお金に困っていたというような事情はなかったようです。
彼女は以前にも万引きの前歴3件と罰金前科1犯を有しています。以前の万引きの動機はわかりませんが、今回の万引きの動機はあくまで「早く帰りたかった」の1つだけでした。
「初めから万引きをするために店に行った訳じゃないです。レジの列に並ぶのが待てなくて『店を出てしまおう』と思ってしまいました」
と話していました。
何故、一緒にいた五歳の娘も万引きに加担させたのか? ここに話が及ぶと彼女の口は重くなりました。
「抵抗は感じていました...」
と話すものの、では何故抵抗を感じながらもやらせてしまったのか問われた時には黙ってうつむくばかりで質問には答えられませんでした。娘に対してどう思っているか質問された時には、
「娘には本当に申し訳ないことをしました。これから一生『何てことをしてしまったんだろう』と抱えて生きていくと思います。巻き込んでしまって、本当に申し訳ないです...」
と答えていました。
彼女の夫は妻の逮捕を聞いて激怒しました。
「もうかける言葉もない」
一時は離婚話まで出てきました。中学生の長女には事件のことは知らせました。今後はもう母親が万引きをしないよう、買い物についていくそうです。
今回万引きに加担させられた次女が事件について理解しているかどうかはわかりません。もし大きくなって今回の事件のことを思い出しその意味も理解したら次女は母親に対して何を思うのか、その時にはこの家族の在り方が問われるのだと思います。
彼女は更正できるのだろうか
被告人質問の最後で裁判官は彼女に語りかけました。
「万引きもよくないけど、一番よくないのは子どもを連れているのにやったこと! 目の前でやるだけでもダメだし、やらせるなんて絶対にダメ! 前にもやってるでしょ? 前は罰金で済んだかもしれないけど、いつまでも罰金じゃ済まないからね!」
求刑は懲役1年でした。判決は執行猶予が付されたものになったと思われます。
彼女自身、万引きはいけないということも、もちろん娘にやらせるなどもっての他だということも十分わかっていたはずです。わかっていても、それでもなお彼女は商品をトートバッグに詰めこみました。
何が彼女にそうさせてしまったのか、その時の彼女の目に何が映っていてその胸にどんな想いを抱いていたのか、それは彼女本人にしかわかり得ません。
彼女の起こした事件で傷ついた夫や長女、万引きに関与させられた次女、そしてこれから産まれてくる命のためにも、もう二度と万引きを繰り返さないでほしいとは思います。
ただ、万引きを繰り返す人は何度でも繰り返します。今回、次女の存在も犯行の歯止めにならなかった彼女の更正の道は険しいものかもしれません。(取材・文◎鈴木孔明)
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