自分はどうしたらいいのか
犯行現場は鳥越幸一(仮名、裁判当時41歳)の自宅、新宿御苑のすぐそばにあるタワーマンションの50階にある一室でした。このマンションの部屋の販売価格を調べてみると一億円を超える物件ばかりでした。
このタワーマンションの一室で一人暮らしをしていた彼は、逮捕される約一年前から常習的に厚生労働省が指定薬物としているいわゆる危険ドラッグを使用していました。
家宅捜索の結果、数種類の危険ドラッグが押収され彼は逮捕されました。彼はこれらの指定薬物を自分で使用するために偽名を用いてネット上で購入していました。
職業は眼科医、それも有名な病院に勤務していたためこの事件はテレビでも実名で報じられました。職業柄でしょうか、危険ドラッグは目薬の容器に保管してあったそうです。
裁判には、情状証人として父親が秋田から上京してきていました。
「小さい時から真面目で堅実な子で、石橋を叩いて渡るような性格の子でした。正直、今も事件のことは信じられない」
と証言していました。
今後は被告人を支える、と約束していましたが、これまでは経済的な面で医師である息子にかなり依存していたようです。
上京して一緒に生活することは難しいそうなので、もし今後また彼が違法薬物に手を出しても気づくことは難しいと思われます。
「信頼するしかない。なるべくこまめに被告人の話を聞くようにする」
言葉ではこのように話していても、その監督能力には期待できません。
彼はなぜ違法薬物に手を出したのか
彼が違法薬物に手を出した理由は不眠と不安でした。
「以前からよく眠れなかったり、たびたび強い不安に襲われたりしていて、いろいろサプリとかを試していました。そんな時に今回違法薬物を買ったサイトを偶然見つけて、初めは興味本位で買って試してみたら症状が軽くなりました」
彼は16年間、ずっと同じ病院に医師として勤めていました。
今後、本当にこのままでいいのか...?
一回きりの人生なのにこれでいいのか...?
将来に向けて自分はどうしたらいいのか...?
そんな不安がいつも頭の中にあったそうです。それに加えて、気持ちを引き締めていないと出来ない仕事です。休日に家で休んでいてもいつも仕事のことばかり思い出してしまっていました。そして、出勤する時間が迫ってくるにつれてまた不安に襲われました。
次の休みまで乗り越えられるのだろうか...?
もうひとつの「審判」が下る
彼は逮捕後に精神科を受診してうつ病と診断されています。
もっと以前に精神科に行くことは「自分も医者なのでプライドに関わると思ってしまいました。それに記録にも残るので...」という理由で出来ませんでした。
裁判では懲役1年が求刑されました。前科もない彼には執行猶予が付いたはずです。
しかし彼はもう1つ、裁判の後で医療審議会という審判の場所があります。
ここで医師免許停止(一時的なもの。だいたい3年ほど)か医師免許取り消しになるか処分を決められます。
その結果はわかりませんが、
「停止ならまた医者として頑張ります。取り消しなら...何か探します。当てはないですが、なにかバイトか新聞配達なら出来るかと思ってます」
と話していました。
彼は医師以外の仕事の経験はありません。他の仕事を探しても、実名報道の影響もあって断られ続けたそうです。
「自分に何が出来るか、わからない...」
16年間も医師として勤めていた彼のふと洩らした言葉が胸に刺さりました。(取材・文◎鈴木孔明)
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