かつて日本に「女子アナ・ブーム」が巻き起こったことを覚えていますか? |フジテレビ 1961〜2018年

2018年06月09日 ひょうきんアナ アヤパン フジテレビ 女子アナ 女子アナブーム

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fujitv2.jpg「女子アナ」と言えばその昔は断然フジテレビでした


 つい先日、テレビ朝日の『サンデーステーション』で元フジテレビの長野智子さんが凛々しく原稿を読むのを見かけたとき、「そういえば、長野アナって"ひょうきんアナ"だったんだよな」と思い出して懐かしい気持ちになりました。
 女性アナウンサーは"テレビの顔"と言える存在だけに、時代を彩る個性派たちがこれまでたくさん登場しています。そこで、各テレビ局について、女性アナウンサーの歴史を調べてみました。

 今回は"アナドル王国"と呼ばれ、女子アナブームを築き上げたフジテレビにスポットを当ててみましょう。

 まず、フジテレビにおいて初めてタレント的な人気を獲得した女性アナウンサーといえば、1961年入社の豊原ミツ子アナです。当時、大人気だった音楽番組『ザ・ヒットパレード』の3代目司会者として、ユーモアあふれる言動で話題を集めました。
 ちなみに現フジテレビ会長の日枝久氏と同期となります。しかし、当時のフジテレビは女性社員について「25歳定年制」(1969年廃止)を採用していたため、豊原アナは人気の絶頂にありながらもわずか2年で退社。というか、今では考えられない採用制度です。
 ほかに60年代のフジアナといえば、『ママとあそぼう! ピンポンパン』の初代お姉さんだった渡辺直子アナが天真爛漫なキャラクターでお茶の間の人気を集めました。ちなみに当時のフジのキャッチコピーは「母と子のフジテレビ」だったそうで、「結婚して子どもを産めよ」という社風バリバリだったんだろうなと邪推してしまいますね。

 その後、70年代になると報道アナたちの活躍がめだってきます。
 まず、75年に入社した田丸美寿々アナが『FNNニュースレポート6:30』で逸見政孝アナとコンビを組み、キャスターとしてめきめきと頭角を現していきました。
 また、1981年にNHKから移籍してフジテレビで初の女性社員となる(それまで女性は全て契約社員)頼近美津子アナは、その田丸アナと報道キャスターの2枚看板として活躍します。

 その一方、80年代に入ると「楽しくなければテレビじゃない!」というキャッチフレーズを掲げて、バラエティ番組に力を入れていきます。その先陣を切ったのが『なるほど!ザ・ワールド』のリポーターを務めた益田由美アナ(77年入社)で、天然ボケかつ体当たりリポートで一躍注目を集めました。
 また、TBS『8時だョ!全員集合』に対抗するため、鳴り物入りで『オレたちひょうきん族』がスタート。同番組を担当した80年入社の山村美智子アナ(現・山村美智)、84年入社の寺田理恵子アナ、85年入社の長野智子は"ひょうきんアナ"として、アイドル的な人気を獲得しました。

 この"ひょうきんアナ"の登場以後、女性アナウンサーのタレント化が顕著になっていきます。
 まず、87年入社の中井美穂アナが88年に『プロ野球ニュース』で番組初となる女性メインキャスターに抜擢され、普通っぽい純情なイメージが男性視聴者から絶大な支持を受けました。
 そして、88年には有賀さつき・河野景子・八木亜希子という「三人娘」が入社。これまでの女子アナ像を一変させるほどの華やかなルックスで男性ファンのハートをつかみ、女子アナブームをけん引していきます。

 90年に入ってもブームは衰えず、91年に中村江里子アナ、92年に小島奈津子アナが入社。中村アナはその上品なルックスから『とんねるずのみなさんのおかげです』で「ひな」という愛称で親しまれました。小島アナは『めざましテレビ』のキャスターを務め、清潔感のある好感度アナとして老若男女から愛される存在に。ちなみに中村アナの同期である近藤サトアナもクールなルックスで存在感を示していましたし、93年入社の菊間千乃アナも気さくなキャラクターで幅広い年齢層の支持を集めています。

 00年代になると、女子アナブームはピークを迎えることに。まず、99年入社の内田恭子アナが『プロ野球ニュース』を担当して、セクシーなミニスカスーツ姿で看板アナの座を手にします。
 そして、2000年には千野志麻アナが入社して、新人としては異例ともいえる冠番組『チノパン』に抜擢。同番組は『〇〇パン』として、新人アナドルの登竜門的な番組になりました。
 また、2000年にはフジの子会社である共同テレビが相川梨絵・安藤幸代・滝川クリステルの3人を採用しています。とくに滝川アナは『ニュースJAPAN』での"斜め45度"というカメラアングルが有名となり、親会社に採用された女性アナウンサーを食うほどの活躍を見せました。

 そして、01年にはあのアヤパンこと高島彩アナが入社。1年目で『アヤパン』に抜擢されると、あっという間にエースアナと呼ばれるように。オリコンの「好きな女性アナウンサーランキング」では連続して1位を占め、ついに5連続1位で殿堂入りを達成。女子アナの代名詞と言っても過言ではないほどの知名度を獲得しました。
 そんな高島アナと人気を二分したのが02年入社のナカミーこと中野美奈子アナ。アナウンサーとしては過分ともいえるアイドル的なルックスから、さまざまなメディアで「史上最強のアナドル」と紹介されたことを覚えています。ちなみに女子アナを扱う雑誌をよく書いていた知人のライターが「中野美奈子という名前は、自分の名前よりも多くパソコンで打っている」とつぶやいていたことが思い出されます。

 その後も、04年入社の斉藤舞子アナと高橋真麻アナ、05年入社の平井理央アナ、07年入社の生野陽子アナなど、多彩な個性のアナウンサーを次々と輩出。しかし、徐々に女子アナブームが沈静化していくなか、08年に加藤綾子アナが登場します。その名前から"ポスト・アヤパン"と呼ばれ、『カトパン』や『めざましテレビ』などの大きな番組で活躍を続け、国民的な女性アナウンサーの座をつかみました。

 筆者はアラフォー世代ですが、自分の見てきたテレビの歴史とフジテレビの女性アナウンサーはリンクするかのように、思い出として刻まれています。
 そんな"アナドル王国"と呼ばれたフジテレビですが、最近は日テレの水卜麻美アナの人気の押されて低迷気味なのが残念(10年入社の山崎夕貴アナが頑張っていますけど......)。
 往年のフジアナをしのぐほどの大器が登場して、あの〝楽しかったフジテレビ〟を取り戻してくれないものでしょうか。(文◎百園雷太[女子アナ・ウォッチャー])

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