青木理「逆張りの思想」

『司法取引が日本でも導入』 囁かれる冤罪増加の危惧|青木理

2018年06月04日 冤罪 司法取引 裁判所 警察 青木理

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keishicho.jpg警視庁


 この6月1日から、いわゆる司法取引制度が日本でも新設された。他人の罪を明かせば自身の罪が軽減されるという制度の性格上、冤罪が増えかねないといった懸念をメディアも伝えている。

 一方で、米国などはすでに広く導入している制度であり(厳密には日米の制度は少々異なるが、複雑なためここで細かく論じない)、これによって贈収賄などの権力型犯罪、オレオレ詐欺などの組織犯罪、あるいは暴力団犯罪の摘発強化に期待を寄せる声もある。

 だが、この新制度の根本に横たわる大きな問題点はあまり論じられていない。本サイト読者のため、ここでは2点に絞り、ごく簡単に解説を加えておきたい。

 まず、米国などで司法取引が広く導入されているとはいっても、日米の間では刑事司法制度の現状が大きく異なる。というより、日本の刑事司法はおそろしいほどに後進的である。

 例えば、あなたが何らかの罪を犯した嫌疑を受けたと仮定しよう。警察に身柄を拘束されると通常、警察署の留置場に叩き込まれる(=代用監獄)。また、取り調べは密室で行われ、徹底して孤独な状況のなか、場合によっては何十日も続けられる。しかも容疑を否認したり黙秘したりすれば、なかなか保釈を受けることができない。場合によっては何十日、ひどい例では何百日も勾留され、警察や検察は保釈を餌にもして自白を迫ることもある(=人質司法)。

 さらに警察や検察が強制権限を駆使して集めた証拠や証言は警察や検察が独占してしまい、仮に被疑者・被告人の無実を示すような証拠があっても平気で隠されてしまう。裁判所も検察や警察の言いなりの傾向が強く、検察が起訴した際の有罪率は約99%に達する。

 以上は過去の冤罪事件に共通する悪弊の数々。近年は裁判員裁判がスタートし、一部の犯罪捜査における取り調べが可視化(=録音・録画)されることとなり、若干の改善が図られてきたとはいうものの、大きな枠組みは依然として変わっていない。

 世界の先進民主主義国を見渡しても、これほど閉鎖的で後進的な刑事司法がまかり通っている国は見当たらず、国際機関などからたびたび勧告を受けているのだが、法務省はそれらを一向にあらためようとしてこなかった。

 だというのに、司法取引という強力無比な武器まで日本の捜査機関は手に入れた。言葉は悪いが、腐った土壌の上に作物を植えても、その作物は臭くて食べられない。冤罪増加が懸念されるのも至極当然だと私は思う。


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 もう一点、そもそもこの新制度がなぜ導入されることになったのか、という点にも触れておく。

 今回の新制度導入の原点をさかのぼると、大阪地検特捜部の証拠改竄事件に行き当たる......と書けば、勘のいい読者はハテ?と首をかしげるだろう。前代未聞というべき検察の大不祥事がいったいなぜ、捜査機関の権限拡大につながってしまったのか、と。

 郵便不正事件を捜査する大阪地検で証拠改竄が発覚したのは2010年のこと。捜査の主任検事が証拠品の電子データを書き換えたのは、罪なき者を犯罪者にでっちあげようとしたのが目的とみられ、捜査機関としては決してあってはならない権力犯罪であり、当該の主任検事らは刑事処分を受けた。

 ここで詳しくは記さないが、直後には東京地検特捜部でも捜査報告書の捏造事件が発覚し、加えて足利事件や布川事件といった重要事件での冤罪が相次いで判明したため、検察に対するメディアや世論の批判はかつてないほど高まった。

 これを受けて当時の民主党政権は、検察捜査のありようなどを見直すため、法務大臣の私的諮問機関として「検察のあり方検討会議」を立ちあげた。その議論は、法務大臣の常設諮問機関である「法制審議会」にも引き継がれた。

 当然ながら諮問会議での議論は、密室での取り調べや人質司法といった日本の刑事司法の問題点を洗い出し、改善策を模索する方向へと動き出すーーはずだった。

 だが、諮問会議の事務局を担う法務省などは議論を巧みに骨抜きにした。一時は激しかったメディアや世論の批判も東日本大震災の発生などで忘れられ、いつしか法務省などは次のような理屈を唱えはじめる。

『証拠改竄などという犯罪が起きてしまったのは、検事が職務熱心なためだった。というのも昨今は人権意識や弁護活動の高まりなどによって、取り調べで自白を得るのがなかなか難しい。だから検事は職務熱心のあまり、証拠改竄にまで手を染めてしまった。これを防ぐには、捜査側にさらなる武器を与えるのが必要だーー』

 誰が考えても首をかしげる"屁理屈"である。しかし、信じがたいかもしれないが、法務省が事務局を担って検察OBや警察OBが大きな顔をする諮問会議では、こうした"屁理屈"が主流の議論となり、取り調べの可視化などは極めて例外的な事件に限定する一方、盗聴法(通信傍受法)の大幅強化や司法取引の導入などが決まってしまったのである。

 また言葉が悪くなってしまって恐縮だが、焼け太りというか泥棒に追い銭というか、検察や警察はそうして司法取引制度を手に入れた。これが権力犯罪の摘発強化などにつながると考える方がおめでたいというべきだろう。

 実際、森友学園への国有地格安売却や財務省の公文書改竄問題では、大阪地検特捜部が先ごろ財務省幹部や職員全員の「不起訴」を決めた。一方で東京地検と警視庁は、品質データを改竄した神戸製鋼所には近く「強制捜査」に踏み切ると報じられている。

 日本企業の信頼性や交通機関の安全性に直結する神戸製鋼のデータ改竄はもとより重い。しかし、国会や国民を平然と欺き、末端職員に自殺者まで発生し、民主主義を根腐れさせる公文書の改竄はさらに重大な犯罪ではないのか。

 つまるところ官には甘く、民には厳しいーー言葉を変えれば、強者にはおもねり、弱者とみれば噛みつく捜査機関に、私たちは強力な武器をまたも投げ与えてしまったのである。(文◎青木理 連載『逆張りの思想』第七回)

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