川奈まり子の奇譚蒐集 キュリオシティ・コレクション

五月の包帯|川奈まり子の奇譚蒐集・連載【八】

2018年05月13日 包帯 学校 廊下 教室 木造校舎

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 学校は子どもにとって日常と非日常の境目にあるのだと思う。小学校に入学したての子どもを思い浮かべると、よりわかりやすい。家庭という生活空間からいきなり放り込まれる学校の校舎や体育館は、家の子供部屋やお茶の間とは明らかに異質だからだ。
 初めて学校の校舎を訪れたときの緊張感は、子どもの性格によって受けとめ方が違うだろうと思うが、一種、教会や神社の祭礼の場に臨んだときにも似た緊張感を伴うかもしれない。もちろんその緊張感は長く続きはしない。すぐに日常に取り込まれ......かける。

 が、学校は完全に日常の場になることはけっしてなく、ゆらぎながら境界線上に留まってしまう。
 他の生徒たちが大勢いるときは日常に傾き、自分ひとりだけになってしまったときなどには非日常の気配が濃密になる。


――そして、魔は非日常に忍び込むものなのだ。


 月丘さんは現在、東京都内で暮らしているが、広島県の世羅郡というところで生まれ育った。年号が平成に変わる前に上京してしまったから、彼の中の世羅郡は昭和の景色のままで、通っていた中学校も今の鉄筋コンクリートのモダンな校舎ではなく、古びた木造校舎でイメージが固定されている。
 当時ですらその木造の校舎は相当傷んでおり、板張りの床は踏めば軋み、廊下の奥は昼でも薄暗かった。
 そこで体験した不可思議な出来事について、月丘さんから伺った。

 それは彼が中二のときで、季節は春から夏になる頃、たぶん五月の下旬だったという。

 これから図画工作室で美術の授業が始まるというとき、月丘さんは教室に絵の具を忘れてきたことに気づいた。
「絵の具を取りにいかにゃあいけん」と近くにいた級友に言って、図画工作室を飛び出したが、あいにく教室はだいぶ離れていたから、授業に遅刻することはすでに必至なのだった。

――美術の先生が遅れてきますように。

 そう祈りつつ非常に焦って教室めがけて廊下を駆け戻り、自分の机から絵の具を取り出すと、再び廊下に走り出ようとした。
 すると、さっきまでは誰もいなかった廊下に女子生徒が佇んでいるのが目に入った。

――あれっ!? 誰じゃろう?

 月丘さんがいる教室の出入口の近くに、ぼんやりした表情で立っている。
 色の浅黒い健康的な体格の女の子で、右脚に巻かれた白い包帯がひどく目立った。足首からふくらはぎといった見えるところは真っ白な包帯でぐるぐる巻きにされ、それがおそらくスカートの中までずっと続いていそうな感じなのだった。

 気にはなったが、そのとき授業開始のベルが校舎に鳴り響いた。月丘さんは我に返り、焦って女の子の前を通りすぎて図画工作室に戻った。


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スカートから覗く健やかな膝小僧


 その後、あるとき彼は委員として参加していた生徒会で、過去の卒業アルバムを閲覧させてもらう機会があった。
 アルバム制作の顧問の先生と一緒に見ていたら、何冊目かに見たアルバムの中に、先日、廊下でみかけた女の子の姿を発見した。

「先生! 僕、この人をこないだ廊下で見ました」

 咄嗟に言ってしまってから、矛盾に気づいた。慌ててその卒業アルバムをひっくり返して表紙で年度数を確かめたら、三年前のものだった。

 先生は、すぐには何とも言わず、ただ、痛ましそうに写真の女子生徒をそっと指で撫でた。
 少女は笑顔で写っている。浅黒く日焼けして、体育が得意そうな印象だ。先生の指が少女の右膝あたりで止まった。包帯は無く、スカートの裾から健やかな膝小僧が覗いていた。

「......この子はのぉ、交通事故で亡くなったんよ。しとしと雨の降る日にダンプにひかれての......」

 ダンプカーに右脚を轢き潰され、病院で脚を付け根から切断する措置を受けたが、手術の甲斐なく亡くなってしまったとのことだった。

「わしが担任をしとったんよ。学校がぶち好きな子じゃったけぇ、また学校に通えるようになりたかったんじゃろうね。かわいそうに......」

 少女の遺体を棺に納めたとき、切断した脚も包帯を巻いて、元あった場所に置いたのだという。

(川奈まり子の奇譚蒐集・連載【八】)



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