川奈まり子の奇譚蒐集 キュリオシティ・コレクション

バスルームの髪 ――ハウスクリーナーの話(1)|川奈まり子の奇譚蒐集・連載【六】

2018年04月15日 ハウスクリーナー 川奈まり子 怖い話 怪談

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 ハウスクリーニング歴約20年になる手塚さんは、これまでに数えきれないくらい多くの部屋を訪れた。広告を出さず、顧客または顧客による紹介者からのみ受注するやり方で、一般住宅だけでなくビジネスホテルや企業のビルの室内清掃も請け負う。

「信用第一だから僕の口は堅いですよ。お客さまが特定できてしまいそうなお話は公にできません。でも誰にも喋れないことが溜まりに溜まって、だんだん苦しくなってきて」

 開口一番、まるで『王様の耳はロバの耳』の理髪師みたいなことを手塚さんはおっしゃったが、実はこういう〝体験者〟さんは珍しくない。
 自分以外の人も関わった出来事であれば、口外することで人間関係にヒビが入る可能性もある。そうでなくとも、迷信に囚われた馬鹿者だと思われてしまうかもしれない。世間の常識をわきまえた人であればあるほど、不可思議な体験を胸の内にしまいこむ。

 「王様の耳はロバの耳だ」と誰かに話したいけど話せない理髪師が手塚さんだとすれば、私は地面に掘った穴だ。ただしイソップ童話やギリシア神話の穴のように喋る葦を生やさないことを皆さんにお約束しているわけだが。
 お名前はすべて仮名にして、企業やビルなどの固有名詞は伏せ、関係者に累が及ばないように配慮する――私がそう約束すると、手塚さんは堰を切ったように話しはじめた。


本当は誰も住んでいない部屋?


「何しろ年に五、六回は、清掃で行った先で奇妙な現象に遭遇してしまうので、不思議な体験談は山ほどあります。
 まずは最近の出来事から――去年(2017年)4月のことです。長年懇意にしているお客さまが、マンションのお部屋のお掃除を頼みたいとおっしゃられたんですが、その方は立派な一戸建てに住んでるんですよ。だから、マンションって何かしら、と思ったら、大学生のお嬢さんのために借りたとのことで」

 ――娘は海外で行われる音楽コンクールで上位入賞することを目指していて、練習に打ち込めるように3ヶ月前から学校の近くにアパートを借りているのですが、いよいよコンクールが目前に迫ってきたので、お掃除で運気を上げようと思いました――
こう説明されて、手塚さんはそのときは納得したという。

「社会的な地位が高い方やお金持ちの方たちって、たいがい理性的ですごく頭がいいのに、スピリチュアルなジンクスを信じてることが意外に多いんですよ。
 そのお客さまも、裕福なご家庭の奥さまでご自分でも何か事業をされてる賢い方なんですが、お住まいを徹底的に磨き込むと家族の運気が上昇すると強く信じていらして。それまでにも娘さんのお受験やご主人の新規事業の立ち上げの前にお掃除を僕に頼まれてましたから、またそういうことか、と」

 ところが、件の部屋に着いてみたら、家具は入っているものの、ひどく殺風景で、塵ひとつ落ちていなかった。若い女性の住まいには必ずと言っていいほど漂っているシャンプーや化粧品の残り香もない。おまけに、ガスシステムのスイッチがオフになっていて、水道の元栓も閉まっていた。

 要するに、生活感がまるでなく、お嬢さんがここで3ヶ月も寝起きしていたとは到底思えなかった。

 奇妙なことは他にもあった。「案内するついでに娘の荷物を整理する」と手塚さんに話して一緒に来た奥さまが、戸口で立ちすくんだかと思うと、手塚さんの手に鍵を押し付けて、逃げるようにどこかへ行ってしまったのだ。

「わけがわからなかったですよ。部屋はマンションのワンルームで、壁や床に防音加工が施されているようでした。お嬢さんのように楽器を演奏する学生さんが下宿することを見込んで作ったマンションなんでしょうね。防音されていても、ワンルームですよ? 全然汚れてないし、これなら奥さまがお掃除されたらいいじゃないかと、ちょっと呆れてしまいました」

 いろいろ腑に落ちないことはあったが、プロとしていったん引き受けたからには、と、間もなく手塚さんは作業を開始した。
 しかし10分と経たず、なんだが気分が悪くなってきた。胃がムカムカし、うっすらと吐き気がする。頭も重く感じられ、何より疲労感が凄まじい。
 まだ午前中である。昨夜はよく眠れたし、常日頃から健康には自信があった。

「とにかくさっさと片づけちゃおうと思って、作業のスピードを上げました。でも気分がどんどん悪くなるんですよ。おまけにしばらくしたら、嫌な臭いが漂ってきました。水垢とカビがいっぱいこびりついた、不潔な風呂場の臭いです」

 しかし作業に取り掛かる前に部屋の各所をチェックしたとき、バスルームは清潔そのもので、まるで使ったことがないように見えたのだ。

「臭わないはずが臭うので怖くなってきたら、この近くにある寛永寺というお寺は邪気や怨霊を江戸に入らせないようにするために建てられたって話を思い出してしまって。もしかすると、この辺りは霊的にあまり良くない土地なんじゃないかしら......なぁんてオカルトっぽいことを考えて、また余計にゾーッと」

 寛永寺の山号は「東叡山」で、京都鎮護の役割を持つ「比叡山」の延暦寺の如く江戸鎮護を担うとされている。霊験あらたかなお寺なので、むしろ界隈の邪気を祓ってくれそうな気がするが、それはさておき、手塚さんは急な体調不良と悪臭に悩まされつつ作業を進め、ついに、あとはバスルームを残すのみになった。


部屋に充満する悪臭の元は......


 バスルームに入ると、臭いはますます濃厚になった。けれども、やっぱり見た目は清潔で、リフォームしたてで未使用のようなのだった。ひょっとすると部屋の外部の悪臭が入ってきているのかもしれないと思い、換気扇や通気口に鼻先を近づけてみたが、かえって臭いが薄かった。

「そこで、悪臭の原因はエプロン(ユニットタイプのバスタブの外装)の中に違いない、もうそこしかないと思いました。以前、行方不明になってたペットの亀がエプロンの内側で死んで腐ってたお宅をお掃除したことがあったから、ここでも何かの死骸がカビたり腐ったりしてるんじゃないかと考えたんです。
そこでエプロンを外したんですが......生き物の死骸じゃありませんでした。
 髪の毛でしたよ。5,60センチもありそうな長い髪の毛がもつれ合った塊が、エプロンの内側にぎっしり! 尻餅ついちゃいましたよ」

 毛の塊はべったりと湿り気を帯びていた。水を使った跡がないバスルームで、水道の元栓も閉めてあったにもかかわらず。
 気持ち悪いやら恐ろしいやら、手塚さんはすぐにも逃げ出したかったが我慢して、髪の毛をビニール袋に詰めて、乗ってきた仕事用のバンに運び入れた。大きな袋が2個も満杯になるほどの量だったという。

 その後、奥さんに掃除が終わったことを電話で報告すると、自宅に帰ったのではなく、マンションの近くで待っていたとのことで、すぐに飛んできた。
 奥さまは恐々と玄関から中を覗き込んだが、たちまちパッと顔を輝かせて、「ああ、すっかり綺麗になりましたね!」と手塚さんに言った。

「僕に非常に感謝して、隠し事をして悪かったと謝られました。それから事情を話してくれたんですが、やっぱりお嬢さんはあの部屋に住んでいなかったというか、住めなかったんだそうです。引っ越しのときは奥さまが手伝いに来て、その夜は泊まるつもりでいましたが、夜になったら嫌な臭いがしてきて2人とも気持ち悪くなってきて。そのうちお嬢さんが怖がりだして、自宅に連れて帰ることになった。
 でも、マンションから離れるにつれて、奥さまもお嬢さんもすっかり気分が治ってしまったんですって。そこで翌日再び2人で行ってみたけれど、お嬢さんが、やっぱり部屋が怖いし臭いから住めない、と。でも、防音されている賃貸マンションを探すのにずいぶん苦労したから、解約するのは惜しくて、たまに見に行ってはあきらめることを繰り返すうち、3ヶ月も経ってしまった。
そこで思いついたのが、僕にお掃除させること。僕がお掃除すると悪い霊が祓われるような気がするそうです」

 髪の毛が出てきたことを話すと、奥さまは、引っ越してきた日に、臭いの元を探って浴槽にたどりつき、エプロンを外してみたが、そんなものは無かったと話して青ざめた。

「それからは部屋にいても気分が悪くなることも臭いがすることもなくなって、お嬢さまは翌日からそこに寝泊まりして練習に励み、コンクールで上位に入賞できたと聞いてます。でも、お掃除の約1ヶ月後に、すぐ近くで奇妙な殺人事件が起きたから、やっぱり土地が悪いのかもしれないと僕は思ったんですよ......」

 尚、件の部屋は事故物件ではなく、奥さまもお嬢さんも、髪の毛の主に心当たりがないとのこと。髪の毛は、手塚さんがいつもと同じようにゴミ処理場で処分したそうだが、バンで運んでいる間、さぞ気味が悪かっただろうと思う。

 手塚さんの言う「奇妙な殺人事件」については、次回に。(川奈まり子の奇譚蒐集・連載【六】)

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