川奈まり子の奇譚蒐集 キュリオシティ・コレクション

子どもたちの前に現れた『キューピッドさん』からのメッセージ|川奈まり子の奇譚蒐集十七

2018年11月25日 キューピッドさん コックリさん メッセージ 川奈まり子

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 1970年代にコックリさんが少年少女の間で大流行すると、「まれに精神が錯乱する者が出る」「似非宗教的で教育上よろしくない」などの理由から一種の社会問題になった。
 実際にニュースになるほど大きな事件は1985年に静岡県で、1989年に福岡県で、それぞれ1件起きただけだったが、70年代のうちから小中学校で禁止する動きが出はじめ、するとコックリさんと入れ替わるようにキューピッドさんが登場した。

 麻薬の代わりに脱法ドラッグを嗜むかのごとく、ほぼ同じことをするけれど、コックリさんじゃないからやってもいいという屁理屈で、子どもたちはキューピッドさんを楽しむようになったのである。
 キューピッドさんには、エンゼル様やキラキラ様という後続の亜種もあるそうだが、1967年生まれの私が少女時代に遊んだのはキューピッドさんまでだった。


 1973年生まれの比嘉雅子さんは中2の頃、キューピッドさんにハマっていたそうだ。比嘉さんは当時、沖縄県那覇市内の公立中学校に通っており、キューピッドさんを一緒にする友だちは全員、同じ中学の仲間だった。前の学年のときから仲の良い男子や中2になって親しくなった女子など、合わせて4人でしょっちゅうつるんでいたのである。

 その日は、亜熱帯気候の沖縄でもようやく冷房が要らなくなった秋の土曜日だった。午後、仲良し4人組のうちの1人、金城くんの家に集まって、キューピッドさんをした。
 家と言っても古い集合住宅の一室で、金城くんの両親も在宅していたから、必然的に比嘉さんたちは子ども部屋に籠ることになった。
 畳敷きの六畳間で、真ん中に卓袱台が置かれていて、金城くんはいつもそこで勉強しているという話だった。

 みんなで卓袱台を囲んでキューピッドさんを始めると、やがて、卓袱台の真上の照明器具から垂れさがっているスイッチの紐が動いていることに、誰からともなく気がついた。
 紐の先についた白いプラスチックの玉が空中に円を描いて回っていた。4人は息を呑んでしばらく見守ったが、クルクルクルクル、旋回運動が止む気配がない。軽やかに回りつづけている。
 窓は閉まっており、エアコンも扇風機も点いていない。部屋の襖も閉めてあるから、風が入るはずはない。もちろん誰も紐に触っていない。触ったとしても、いつまでも回りつづけるのはおかしい。

 比嘉さんたちは、「来た」と思った。
 何がって、キューピッドさんが。

 はたして、「キューピッドさん、電気の紐を回しているのはあなたですか?」と質問すると、鉛筆が(キューピッドさんは10円玉の代わりに鉛筆を使うことが多い)滑らかに《YES》まで動いた。
 比嘉さんたちは興奮して、矢継ぎ早にキューピッドさんに質問を浴びせかけた。回転する紐の下で、中学2年生にとっては大切だが、後になってみれば他愛ない事柄をせっせと訊ねていたところ、今度は奇妙な音が聞こえはじめた。

 かつては、深夜、テレビ番組が終了した後に、画面に白黒の砂嵐が映し出され、ザーッというノイズが流れた。この「テレビの砂嵐」は2012年にアナログ放送が停波すると共に消滅したが、比嘉さんたちには馴染みのある音だった。......ちょうどあんな音が聞こえてきたのだ。

 しかし、金城くんの部屋にはテレビが無かった。
「ラジカセが鳴っとんようだ。でも電源が入っていらんのに」
 金城くんがそう言って、部屋の隅から黒いラジカセを持ってきて卓袱台の隅に置いた。たしかに電源は入っていない。しかしラジオが点いていて、ザーッと鳴っている。
 2つ目の不思議が顕現したことに一同、沸き立った。

「周波数合わせとぅし、ちゃんと聞こえるんやあらんかや? 何メガヘルツか訊いてみよい!」

 そこでキューピッドさんに質問すると、鉛筆がスルスルと滑って、とある数字が示された。
 その数字に周波数を合わせてみたところ、ラジカセから砂嵐に代わって微かな歌声が流れ出した。
 伴奏は無く、アカペラで独唱している。キリスト教の教会で歌われる聖歌のような節回しだが、歌詞は聴き取れない。
 しばらくすると、声が増えた。2人でコーラスしている......と思ったら。

「あれ? また増えたん! あい、また! ばんない人数が増えていくよ!」

 みるみる声は膨らんで厚みを増し、ついには、大聖堂に百人以上も集まって一斉に歌っているとしか思えない、荘厳な大合唱になった。
「讃美歌かなぁ? わからんしが、ちゅらだやぁ」
 音質はクリアで、音量も増していた。たぶん、隣の部屋にいる金城くんの両親の耳にも届いているはずだと比嘉さんは思った。
「うちぬ親はラジオっし音楽かけとんと思うはずやさ」と金城くんが呟いた。

 電気の紐はまだ回っていた。合唱も止まない。
 もう質問することもなかった。比嘉さんたちはキューピッドさんをお終いにした。コックリさんでは鳥居だが、キューピッドさんではハートマークにお帰りいただいて終わりとする。

 ところが、キューピッドさんがハートに戻っても合唱と紐の回転が続いた。
 怖がってしかるべきなのだろうか。しかし合唱がひたすら美しいせいか、怖い感じはせず、ひたすら不思議なだけだったという。

「くぬ歌は、キューピッドさまぬ置き土産だろうか?」
「歌詞がわからん。外国語ぬようだや」

 それからも1時間以上、聴いていたが、4時頃になると、そろそろお開きにしようということになり、比嘉さんたちは家に帰った。
 後で金城くんに聞いたところでは、みんなが帰ると合唱のボリュームが下がってきて、ほどなく、聞こえなくなったそうだ。そのときには紐の運動も終わっていた。
「また聴きぶさんと思ってん、二度と鳴らんたん。電源入れてん駄目やくと、あぬときだけぬものやったんだ」


 沖縄県那覇市は第二次大戦中の1944年10月10日に米軍の空襲を受け、旧那覇市街の90%が焼失した。このとき那覇市内にあったキリスト教の教会建築物も被害を受け、有名なところでは、日本基督教団首里教会(旧・メソジスト首里教会)があげられる。戦時体制下ではキリスト教は敵性宗教であるとされ、沖縄においても教会はさまざまな弾圧を受けたが、信仰の灯が絶えることはなく、首里教会は幾度もの補修や復元工事を経て、2018年に創立110周年を迎えた。

 ......が、金城くんの住んでいた集合住宅のあたりにかつてキリスト教の聖堂があった事実を発掘することはできなかった。

 ちなみに、ご存じの方が多いと思うが、キューピッドはローマ神話の恋の神で、キリスト教の神の御使いである天使とは異なる。
 聖歌や讃美歌のような合唱だったからといって、キリスト教関係とは限らないのかもしれない。

 謎は謎のまま、この逸話を終えるしかなさそうだ。(川奈まり子の奇譚蒐集・連載【十七】)

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