朗読詩人 成宮アイコ 傷つかない人間なんていると思うなよ

他人の壁を勝手に取っ払おうとしないでほしい|成宮アイコ・連載『傷つかない人間なんていると思うなよ』第六回

2018年01月24日 成宮アイコ 生きづらさ

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「そんなところにいないで」の「そんなところ」とは

 ときどき、誰かの善意に押しつぶされそうになります。

 向き合う準備をしている問題に勝手に火をつけて、話したこともないような人がなぜか嬉しそうに「自分が助けてあげるから!」と駆け寄ってきたり、問題とも思っていないことに「もっと幸せになる方法を教えてあげる!」と手をとろうとしたり、そういう場合、こちらが喜んで受け取らなければ(あるいは受け取るふりをしなければ)、なぜか怒りだされたりもします。望んでいないタイミングで持ち込まれても、受け手としては気持ちを押し付けられたような印象さえ持つのですが、本人が「善意でやっているのに!」と言うのなら、おそらく善意なのでしょう。

 同じように、心の中に土足で入って来られそうになるシチュエーションの場合も、相手はなぜか笑顔だったりします。

「そんなところにいないでこっちの広場でみんなで遊ぼうよ」

 そうして、にこにこしながら、内側にいる人たちが積み上げてきた壁にドリルを差し込み、その壁を破壊しようとします。ときには「こんな壁いらないよね」と、満面の笑みを浮かべながらフルパワーのユンボで突っ込んでくるので恐怖を覚えます。しかし、彼らにとってその行為はおそらく善意です。

 誰かが言った「そんなところにいないで」の「そんなところ」は、わたしにとって大切なシェルターでした。シェルターの壁を壊してもいいのは、内側にいる者だけです。壁がある世界は「壁がある世界」ですが、壁のない世界だって「壁のない世界」という場所です。どこに行ったって、そこではないどこかが存在しているのです。

 もちろん、力を持った者が誰かを見下したり蔑み、勝手に人を囲い閉じ込めるために作った壁なら破壊すべきです。けれど、内側にいる人が自分たちで作った、あるいは守ってきた壁を、外側にいる人の「自称善意」で踏み込んで取っ払おうとするのは無神経にうつることがあります。

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あなたの手段や場所に敬意をもちたい

 仕切りや壁を作るには、さまざまな理由があります。立ち位置を守るため、居場所を作るため、自分に名前や分類がつけば安心するため、秘密でいたいため、攻撃されないため、集団が苦手なため......ジャンルの数だけ、壁の数だけ、人の数だけそれぞれに意味があります。誰かが作った名前やジャンル分けは、中にいる人にとっては重要であったり意味があったり、救いでさえある可能性もあります。ときには意味のない壁もあるかもしれません。しかし、「その壁に意味があるかもしれない」という可能性を忘れてはいけないと思うのです。

 わたしたちはちょうどいい対人距離、いわゆるパーソナルスペースがそれぞれ異なります。

 もちろん、グループ単位ではなく、個人単位でも同じです。連載の第二回「家族の愛憎は、決して美しいものではない」に書いたように、DV家庭で育ったわたしは、「異性なんてみんな死んでしまえばいい」と思っていた時期が長く、知らない異性に触れられること自体が苦痛です。そのため、偏頭痛持ちで肩や首がバキバキに痛くなったときに「5分間でクイックリフレッシュ」や「眼精疲労・頭痛に効く整体」という張り紙を街で見かけても、気軽にマッサージ店に入ることができなくなりました。

 人には背景があります。その人の年齢分の背景があります。目の前にいる人に話しかけたいとき、今までとは違う場所に足を踏み入れるとき、それぞれの誰かが生きてきた場所や手段に敬意をもつことを忘れたくありません。


むやみに壁を取っ払うのではなく、ドアを探してノックをしよう

 わたしたちにできることは、むやみに目の前の壁を壊すことではなく、その壁についているドアを探すことかもしれません。壁を壊してもいいのは(もしくは、そのドアを最初に開けてもいいのは)、内側にいる誰かだけです。まずは、その壁を作った人とその中にいる人に敬意を払って、ノックをして、ドアを開けてもらってから、はじめましてと声をかけたい。

 仕切りや壁など、なくても良いのならば、ないほうが一番良いに決まっています。誰かに「そんなところ」と言われなくてもすむでしょう。けれど、わたしには壁が必要なときがあります。自衛であったり、休む場所であったり、ひとりになって隠れたい気持ちだったり、触れられたくない秘密や踏み込まれたくないパーソナルスペースがあります。

 全てフラットにして、いつもみんなとワイワイいられる場所だけの世界になってしまったら馴染む自信がありません。ただ、その場所もきっと素敵だろうことは想像がつくので、外とつながりたくなったら壁にドアをつけます、話したくなったらドアを開けます、外にでたくなれば自分でここから出ます、いつか壁が不必要になれば自分で取っぱらいます。だからどうか、善意の笑顔で、壁の中にいる誰かを無理やり引っ張り出そうとしたり、その壁を壊そうとしたりしないでほしいのです。

 ......ただし、一番つらいのは、決して壁の全肯定をしたいわけではないのに(むしろ必要ならばあればいいし、なくてもいい人はない場所にいればいい、勝手に壊そうとする以外はすべてどうでもいいというくらい肯定も否定もするつもりはないのです)、むやみに他人の壁を壊そうとする無神経さに対して「立ち止まっていちど考えてみてほしいです」と願うためには、このように壁の存在を擁護しなくてはいけないジレンマです。

 受容に肯定や否定は関係ないはずなのに、否定をする人に受容をしてもらうためには全肯定をしなくては伝えにくいというジレンマ。
わたしたちは社会のなかで、しばしばこのジレンマにぶつかります。

 あらゆる境界線に入り口と出口があって、自由に行き来ができるようなドアを作れたら、もっと楽になるのかもしれません。それならば、あなたを知りたいと思ったらわたしはドアをノックします。そのドアを開けるかどうか決めることができるのは、外側にいるわたしではなく、内側にいるあなたです。気が向いたらドアを開けて、壁の中のことを少し教えてもらえたら嬉しいです。

 そしていつか、全てのドアに「行き来自由」の張り紙ができたらいいなと思っています。

文◎成宮アイコ

https://twitter.com/aico_narumiya
赤い紙に書いた詩や短歌を読み捨てていく朗読詩人。
朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ全国で興行。
生きづらさや社会問題に対する赤裸々な言動により
たびたびネット上のコンテンツを削除されるが絶対に黙らないでいようと決めている。
2017年9月「あなたとわたしのドキュメンタリー」刊行。

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