プチ鹿島の「余計な下世話」

意外に深くてリアル!?「ど根性ガエル」の世界観|プチ鹿島の『余計な下世話!』

2015年08月04日 ど根性ガエル プチ鹿島

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 あれ? ちょっとこれはちゃんと見たほうがいいのでは? と思いはじめたドラマがある。「ど根性ガエル」(日本テレビ系土曜21時)だ。はじめは「ながら見」というか、横で聞いていたのだけれども、第3話ぐらいからテレビの前で見るようになった。なんだか思ってたより深くてリアルな気がして。物語は、原作から16年後という設定の実写版。「30歳になり母親に寄生するニートのひろしが、Tシャツに貼りついた平面ガエル・ピョン吉に支えられて立ち直る姿を描く人情劇だ。」(週刊朝日8月7日号)

 松山ケンイチ演じるひろしは明るいニートだった。その口調もあいまって、どこか「寅さん」をほうふつとさせる。茶の間でうんちくを一人語りをする、いわゆる「寅のアリア」のようなシーンもある。「ひろしのアリア」とでも呼ぶべきか。そういえば懸命に働いている人に向かって「労働者諸君!」と声を掛けていたシーンもあった(自分はぶらぶらしてるのに)。

 寅さんと違うところは、ひろしは京子ちゃんには自分の好きな気持ちを隠さないところ。それどころか堂々とプロポーズもしてしまう(自分はぶらぶらしてるのに)。寅さんはマドンナに直接フラれなくても、空気を勝手に読んで旅に出てしまう。ザ・奥手。そんな寅さんの評価はいつも「いい人」。でも「ど根性ガエル」で前田敦子演じる京子はひろしを「いい人」だなんて思っていない。図々しさにいつも呆れている。でもそのストレートさはどこか気になっている。

 このドラマのひろしはネガティブなところは見せない。全体の構図もそうだ。ガキ大将だったゴリライモ(新井浩文)はパン工場「ゴリラパン」の若社長となっている。ひろしの母親も京子ちゃんもそのパン工場で働いている。ひろしも同所で働く決意をする。

 幼なじみが地域の経済で重要な役割を担っていたら「格差社会」のシビアなところを見せつけるのも、ドラマの見せ方のひとつだと思う。しかしこのドラマではそちらの描き方は選ばなかった。誰もがフラットなのだ。ゴリライモもひろしも京子ちゃんも関係性が変わりない。仕事終わりにひろしの家に集ったりする。上流も中流も下流もない。同じ町で暮らしている。

 週刊朝日のドラマ評では「ニートになったひろしやバツイチでグレた京子ちゃんなんて見たくない。どうして今ドラマ化して、原作の世界観を壊してしまうのか」(上智大学・碓井広義教授)というコメントがあったけれど、そんな状況になっても変わらない人間関係のほうに私はホッとする。今の時代だからこそ、この設定は響く。

 残酷な時間の経過はニートやバツイチではない。どうやらピョン吉が担っていそうだ。歳を重ねることで訪れる、避けられない宿命を匂わせている。今のところ生き甲斐を見つけていないひろしだが、ピョン吉の異変がこれから彼に何をもたらすのか。人間関係は変わらないけれど、それぞれ「今の自分からちょっと変わりたい」という意思が見えてくるのもこのドラマ。

 各人の「ど根性」が見どころだ。

Written by プチ鹿島

Photo by 日本テレビ公式ホームページより

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プチ鹿島●時事芸人。オフィス北野所属。◆TBSラジオ「東京ポッド許可局」◆TBSラジオ「荒川強啓ディ・キャッチ!」◆YBSラジオ「はみだし しゃべくりラジオキックス」◆NHKラジオ第一「午後のまりやーじゅ」◆書籍「うそ社説 2~時事芸人~」◆WEB本の雑誌メルマガ ◆連載コラム「宝島」「東スポWeb」「KAMINOGE」「映画野郎」「CIRCUS MAX 」

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