恵まれた老後を送りながら...
尋常高等小学校卒業。
それが被告人竹村ナミ子の最終学歴だった。
ナミ子は昭和5年生まれで裁判当時の年齢は85歳。
在宅起訴となっていたナミ子は、開廷の定刻から5分ほど遅れて弁護士と証人として出廷した次男の二人とともに法廷に入ってきた。
年齢のわりには足取りはしっかりしていたが耳が遠いらしく、補聴器をつけていても裁判官や弁護士の質問を何度か聞き返したりしていた。
ナミ子は尋常高等小学校を卒業後、指圧師として今回の逮捕までずっと働いてきた。指圧師の収入と年金、そして同居している次男が毎月家に入れるお金で生活をしていて特に生活に困っていたわけではなかった。
離れて暮らしている長男と、ナミ子にとっては孫にあたるその子供たちは休日など頻繁にナミ子の家に遊びに来て一緒に食事をする交流もあり、関係は良好だった。
犯罪行為に手を染めるような人には思えない。
しかしナミ子は罰金前科1犯前歴2件を有していて、警察に捕まったのはもう4度目だった。前科前歴はいずれも窃盗、万引き事案で、今回捕まったのも万引きだった。
質問は犯行動機の解明の1点に集中した
指圧の出張中に立ち寄ったスーパーでの犯行だった。ナミ子が万引きしたものは販売価格921円のウイスキー1本と販売価格718円の白髪染め1箱。
この2点を自分のトートバックに入れてレジで精算することなく店外へ出たところを保安員に見つかり捕まった。
白髪染めは自分で使うため、ウイスキーは次男が好きで毎日飲んでいるから盗んだ、とナミ子は供述している。
白髪染めは逮捕後、店に返品しているがウイスキーはナミ子が買い取っている。裁判で語られることはなかったが、母が盗んできたウイスキーを次男は飲んでいたのだろうか。そのウイスキーは母が盗んだものだと知っていたのだろうか。
使用の用途はともかく、ナミ子はお金に困っていたわけではない。買えるだけのお金は十分に持っていた。それなのに何故ナミ子は万引きをしてしまったのか。裁判官や検察官のナミ子への質問は犯行動機の解明の1点に集中した。それに対してのナミ子の答えはなんとも要領を得ないものだった。
「何で盗んだか...思い当たるところがないんですよねえ...。つい手が出てしまったというか...。盗むことにスリルを感じるかどうか、その辺もよくわからない」
そして自嘲的に笑いながらこう続けた。
「何もわからない。もう頭もボケてきたので」
ナミ子自身にも何故盗んだのか理由はわかっていなかった。
「どうしてこうなったかわからない。なんでこんなバカなことしちゃうのか。でも本当に反省してます。もう絶対やらない」
と反省の言葉も口にしていたが、盗んでしまう理由が本人にもわからない以上、対策の打ちようはない。「絶対やらない」という言葉には何の裏付けもない。ナミ子の二人の息子と孫たちもナミ子の更正のために協力すると話していたが、動機が不明な以上どのように協力をしていくのか道筋が見えない。
もし、執行猶予中にまた犯したら...
ナミ子に言い渡された判決は懲役1年、執行猶予3年、というものだった。
執行猶予期間中にまたナミ子が万引きをしてしまえば、今度はほぼ確実に実刑判決が下されることになる。
そして、おそらくこの人はやってしまう。そんな気がしてならない。本人が「何もわからない」ままやっている犯行である。誰にも防ぎようがない。
想像をしてみる。
息子や孫に囲まれて愛されながら生活していた90歳近いおばあちゃんがもし刑務所に収監されたら。どんな表情を浮かべながら日々を送るのか、を。
万引きは窃盗罪でありもちろん許されることじゃない。でも想像の中のおばあちゃんの表情を見たとき、胸が引き裂かれるような痛みを感じた。
取材・文◎鈴木孔明
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