高齢者による万引きは、年々増加傾向にあり、もはや立派な社会問題となった。現場の最前線にいる我々保安員(万引きGメン)も、高齢者万引きの増加を実感しており、その対応に追われる日々を送っている。今回は、四千人以上の万引き犯と対峙してきた現役保安員である筆者が、高齢者万引きの悲しき実態に迫る。
都内にあるスーパーマーケットでの勤務中、ワインコーナーにいる初老の男が気になった。銘柄や値段よりも、栓の形状を気にして商品を選んでいるのだ。そのまま注視を続けていると、選び抜いた赤ワインボトルを手にした男は、年齢に似合わぬ早足で人気のない通路に入り込んだ。そして、鋭い目つきで周囲を警戒した後、持っていたワインボトルをバッグの中に隠した。しきりと後方を気にしながら、店の出口に向かって歩く男の顔をみれば、不自然なほどに紅潮している。その緊張具合から察するに、おそらくは魔が差した類の犯行なのだろう。
「こんにちは。バッグに入れたワインの代金、ちゃんと払ってもらえます?」
「え? ああ、すみません......」
言い訳することなく、素直に犯行を認めた男を事務所に連行する道中、お決まりの質問を投げかける。
「今日は、どうしたんですか?」
「どうしたって......。自棄(やけ)になったというか、そんな感じですかねえ......」
自棄になって万引きするとは、一体どういう心理なのだろうか。話を聞いてみたい気持ちもあるが、我々保安員は取り調べ類似行為が禁じられているので、これ以上は踏み込めない。
事務所のパイプ椅子に座ってもらい、盗んだワインを任意で出させて、身分証明書の提示を求める。差し出された免許証をみれば、初老の男の年齢は六十六歳で、その住所欄には高級住宅街といえる地域の住所が記載されていた。
この店は、商品を買い取れない場合には警察を呼び、通報するからには被害届を出すという姿勢でいる。盗んだワインの値段を店長に調べてもらうと、被害金額は七百九十八円(税別)であった。それくらいの金は持っているだろう。そう思いつつ、男に尋ねる。
「商品を買えるだけのお金はありますか?」
「すみません。五十円しか持ってないです」
「誰か立て替えてくれる人はいますか?」
「家出中みたいな感じだから、誰も来てくれないでしょうね」
自分の父親と同じ年齢の男に、家出中だと告白されて困惑する。しばし言葉を失っていると、その沈黙に耐えかねたらしい男が、堰を切ったように話しはじめた。
「永年に渡り縫製工場を営んできましたが、リーマンショックの時に会社が倒産しまして......。ここ数年は、ビル清掃のアルバイトをしながら食いつないできたんですけど、稼ぎが悪くなってから家族に疎まれるようになりましてね。家族会議の結果、家から出されることになっちゃったんですよ。かれこれ三ヶ月ほど、ネットカフェやマクドナルドで寝泊まりしてきましたが、いよいよ所持金が底をついて、この二日間は駅の階段で寝泊まりしました。こんなことは、私の人生で初めてのことです。ここまで落ちぶれたからには、もう死ぬしかない。そう決めたら、死ぬ前に好きなワインが飲みたくなって......。これを飲んだら、その辺のビルから飛び降りるつもりでいたんです」
ワインを選んだ時に栓の形状を気にしていたのは、コルク抜きがないため、すぐに飲めるものをと考えてのことらしい。
「もう生きていても仕方ないんです」
とても可哀相な境遇にあるようだが、その真実は知り得ないし、それとこれとは話が別だ。商品を買い取れない上に、帰る家もなく、ガラウケも用意できないとなれば、被害金額の大小にかかわらず逮捕されることになるだろう。そのことを伝えると、それだけは嫌だと顔色を変えた男は、北海道に住む兄を呼び出すと言い出した。どうやら留置場に入れられることの方が、死ぬよりも嫌らしい。
結局、警察に引き渡された男の身柄は、連絡を受けた奥さんが引き受けることになり、盗んだワインの代金も支払ってくれた。これをきっかけに仲直りしていただきたいが、三ヶ月ものあいだ不在だった夫の身を案じることなく、捜索願が出されていなかった事実は重い。金の切れ目が、縁の切れ目。数カ月ぶりに家の敷居を跨いだ男は、その後開かれたであろう家族会議で、どのような裁きを受けたのだろうか。いまも布団の中で眠れていることを願うばかりだ。
Written by 伊東ゆう
Photo by Giorgio Luciani
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