伊東安雄(仮名)は以前にも弁当とコーヒーを万引きしたという内容の窃盗罪で裁判を受けていました。裁判の中で彼はこう発言していました。
「もう二度と万引きはしないと誓う」
それからわずか2ヶ月後のことです。
今度はコンビニで雑誌二冊、販売価格合計810円を万引きしたという窃盗罪で彼は再び法廷にやってきました。犯行に及んだのは前回の裁判で「もう万引きはしない」と誓ってから2週間後のことでした。今回の裁判でも弁護人は再び彼に尋ねました。
「もう絶対にやらないって誓える?」
それに対して彼は即答しました。
「うんうん、誓う誓う」
伊東は裁判当時67歳で、住所不定無職のホームレスでした。高校を卒業してから本人曰く「ペンキ屋」として働いていましたが、そこを辞めてから路上や公園などで寝泊まりするようになりました。彼が仕事を辞めたのはもう40年近く前のことです。生活保護を受給しながら更正保護施設などの寮で生活していたこともあるようですが、すぐにそこを飛び出してしまっていたようです。40年間近くの間、ほとんどずっと彼はホームレスとして生きてきました。
雑誌を盗んだのは、自分で読んだ後に売るためでした。彼が主に生活の拠点にしていたのは新宿で、新宿の路上で露店を出している人に買ってもらうつもりだったようです。
「発売日の雑誌だと60円で買ってくれるんだよね。俺は当日売りばっかりだから」
このように供述していたので、日常的に露店で雑誌を売っていたものだと思われます。彼は続けて話しました。
「もう万引きはしないけどさ、これからは自転車のカゴの中にあるのとかを探して盗るよ」
もちろんこれも犯罪です。弁護人が慌てて制止してたしなめていました。
この先もずっとホームレスとして生きていくのか?
何故彼は40年にも渡ってホームレスであり続けたのか、そして今後はどうするのか。裁判で主に話していたのはこの2点でした。こういったケースの裁判は犯罪の事実よりも、被告人が今後どう生活していくか、に主眼を置いて話されることが多いのです。
「何で40年間もホームレスだったんですか?」
「しかたないじゃん。仕事、イヤになっちゃったんだから」
「ホームレス生活について、どう思ってますか? 辛くないですか?」
「何とも思ってないよ。寝られるから寝てんだよ。他の人はどうか知らないけど、俺はこれでいいんだよ」
「新宿区で生活保護を受けようとは思わなかった?」
「新宿区は厳しそうだから行ってない」
「最悪、生活保護が受けられなくてもご飯は貰えますよね?」
「ああ、クラッカーだよね。あと風呂とね。でも新宿は厳しいから」
「生活保護を受けないなら、この先もホームレスなんですか?」
「もうこの年齢で雇ってくれるとこなんてないでしょ」
「じゃあ、どうするんですか?」
「どうするって...そのままだよ! そのままですよ! 路上生活はできるんだから」
「そのままって...ホームレス生活で体を壊してますよね? 胃を全摘出してるんですよね?」
「でも他にどうすることもできないよ。とにかく、俺は東京オリンピックまでは生きるんだよ!」
人には人それぞれの様々な生き方があります。生活保護に頼ることなくホームレスとして生きる、そういう生き方を本人が選んで決めているならそれを無理に止めさせることは誰にもできません。
ただ、罪の意識や罪悪感といったものを彼が感じているとは全く思えませんでした。実は、冒頭に書いた前回の裁判の時の犯行は、前々回の裁判の判決公判の翌日に行われたものです。彼に反省の色は一切見えません。おそらく今後も再犯を繰り返すのだと思います。
社会と刑務所を行き来し続ける人生、他人の目からどう映ってもその道を選んだのは彼自身です。
たとえ東京オリンピックまで生きていられたとしても、刑務所の中にいたら観ることはできません。
果たして彼はオリンピックを観ることが出来るのでしょうか? そして、オリンピックが終わった後の彼は何を楽しみに生きるのでしょうか?
取材・文◎鈴木孔明
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