法廷に入って来た被告人松永香織(仮名)を見て、初めに目についたのは彼女の髪型でした。
髪の長さがまちまちな坊主頭で、その中に所々長い髪も生えていて、後頭部は薄くなっている部分もあり、なんとも言い様がない髪型でした。美容師でもなんでもない素人がいい加減に刈ってみた、そんな髪型です。36歳の女性とはとても思えない風体でした。
彼女は『偽計業務妨害』で起訴されていました。
彼女と大学時代に同期だった南敏晃(仮名)が勤めている法律事務所に『南は偽善者』『南は人殺し』などと書かれたハガキを送りつけたり、非通知で電話をかけてハガキと同様のことを言う、一定のリズムで吐息を聞かせる、仏壇の鐘の音をきかせる、無言で突然ガチャンと音を立てて切るなど、迷惑行為を繰り返しました。
迷惑電話の回数は1ヶ月で259回に及びました。
法律事務所には非通知で電話をかけてくる依頼者もいるので、非通知だから出ないということは出来ません。事務所職員の中には彼女の迷惑電話が原因で「もうやめたい」と言い出す人もいました。
彼女は何故こんな犯罪を犯したのか。母親や本人の話では、子供の時に受けた心の傷が大きな要因になっているようです。
過去の記憶が甦るときーー
彼女が小学校3年生の時、両親の都合で転校をしました。彼女は転入先の学校に馴染めずイジメを受けました。給食のパンに唾を吐きかけられる、靴や教科書を隠される、飲み物に洗剤を入れられたこともありました。学校でそんな目に遭っていた彼女でしたが、母親は彼女に「学校に行くことを無理強い」してしまいました。
彼女は成長してからも対人関係に問題が生じた時など、ことあるごとにこの時の記憶がフラッシュバックするようになりました。フラッシュバックしている時、過去の記憶がまるで今起きているかのようにリアルに鮮やかに甦ってきてしまいます。
「また始まるのか」
そう感じると話していました。
高校1年生の時、彼女は自殺未遂を起こしました。それ以降病院に通うようになりました。どこの病院に行っても『うつ状態』と診断され、治療を受けましたが治すことはできませんでした。
その後、彼女は大学へ進学したものの1年で中退してしまいます。南とのトラブルで学校に行けなくなったからです。
トラブルと言っても些細なものでした。彼が同じクラスの男子学生に彼女の陰口を言っていたのを彼女が知ってしまったのです。彼とは一度しか話したことはありませんでした。悪口と言っても普通なら無視すれば済む程度のものです。しかし彼女にそれは出来ませんでした。
「また始まるのか」
過去の忌まわしい記憶が甦りました。耐え難いものでした。彼女はもう大学に行くことは出来ませんでした。
イジメは彼女の人生を壊した
それから10年以上経ちました。彼女は職にも就かず実家に引きこもっていました。昼夜逆転の生活でした。
「昔は髪の毛の量も多くて綺麗だった」
と母親が言っていた髪の毛はストレスからくる抜毛症で見る影もなくなりました。彼女は自分で自分の髪の毛を抜くことが止められないのです。
そしてある時、彼女は偶然南が法律事務所で弁護士として働いていることを知りました。今の自分の境遇と、社会内で成功している南。何故私はこんな状態になっているのに...。そう考え始めたら怨みつらみが噴き上がりました。
「今度は私が陥れてやる」
彼女は電話機に手を伸ばしました。
学校でのイジメ。それが原因で心を、人生を壊された人がいます。イジメを受けた経験は絶対に忘れられません。
助けを求めて泣いている小学校3年生の女の子を誰も救ってあげることは出来ませんでした。
教師や周りの大人はイジメに気づいていなかったのか、それとも気づきながら何もしなかったのか、それはわかりません。
もしイジメがなければ、彼女は違った人生を歩んでいたかもしれません。
彼女の犯した罪は許されるものではないですが、彼女の心を壊した者の罪も決して許されるものではありません。
取材・文◎鈴木孔明
【関連記事】
●離婚してうつ病になり生活保護を受け......やがて酒に溺れていった井口が逮捕されたのは泣けてくるほどの微罪だった