窃盗の罪で在宅起訴されていた井口和也(仮名)が法廷の中に入って来た時、酒臭い臭いが室内に充満しました。
裁判傍聴を続けて数年経ちますが、被告人が酔っぱらった状態で法廷に現れるのを見たのは後にも先にもこの時だけです。
57歳で無職、生活保護を受けながら生活していた彼はコンビニで店内に陳列してあったタバコを万引きして逮捕され、今回の裁判に臨んでいました。
犯行時も彼は酒を呑んでいたようで、万引きをしたことは認めましたがその時のことは全く覚えていませんでした。
犯行動機については、
「多分、財布を持って行ってなかったんじゃないかなと...それでやっちゃったんだと思う」
と話していました。
起きてから寝るまでずっと酒を飲み続けた
彼が生活保護を受けるようになったきっかけは「離婚」と「うつ病」で働けなくなったことでした。
「どんどん生活が落ちていった。髪の毛もストレスで全部抜けた」
と供述しているように、その2つで相当なショックを受けたようです。そうして生活保護を受けるようになった彼は、やがて酒を呑むようになっていきました。落ちていく生活の中で、そうでもしなければやりきれなかったのだとは思います。ただ、酒量は病的なまでに増えていきました。
「お酒は毎日呑んでた。起きてから寝るまでずっと呑んでた。お酒を呑むとワケわかんなくなる。犯行のことも覚えてない。金はほとんど酒代に使ってた」
このような生活を改めなければいけない、というのは彼自身も感じているようで「今後は酒を控える」と話していました。そして就職先も見つけました。
しかし、起きている間はずっと酒を呑むような生活をしていた人が簡単にお酒を減らすことなどできるのでしょうか? 実際、証言台の前で「酒を控える」と話している彼がもうすでに酒臭いのです。
「お酒を呑み始めると止まらなくなってしまう。呑めない状態になるまで止められないんです。今日は就職が決まったこともあって安心して呑んでしまってました。朝の6時くらいまで呑んでたと思います」
彼の裁判が開かれたのは午前10時からでした。自分の裁判前日にも我慢できずに、数時間前までお酒を呑んでいた彼の言葉を信じることはなかなかできません。
「仕事をする直前には呑まないようにします」
彼が採用された仕事の内容は、倉庫内でフォークリフトを運転する仕事です。彼にとっての『直前』が何時間前なのかわかりませんが、大事故につながってしまうのではないかと心配です。
両親も妻も子供も、そして友達もいない井口
事件後、アルコール依存症患者のためのカウンセリングに彼は通いはじめました。また事件前に比べると多少は酒の量を抑えていたようで、
「前は、手が震えて仕事なんてとても出来なかった」
その時に比べればマシになったとは言え、彼にはまだ就職は早すぎるような気がします。
彼の両親はすでに亡くなっています。離婚した奥さんとはもう連絡はとっていません。子供もいますが、やはり連絡はとっていません。家族と呼べるような人は1人も彼にはいないのです。
友達も1人もいないそうです。
彼の行動を監督してくれる人は誰もいないのです。つまり、彼はお酒を呑みたいと思えばいつでも呑める状況なのです。
独りぼっちで、誰も止めてくれる人がいない環境の中で、彼はお酒に手を出さずにいられるでしょうか? そんな孤独の中で人は何を頼りに生きればいいのでしょうか?
裁判官が被告人質問の最後に彼に尋ねました。
「大丈夫...ですか?」
彼は少し間を置いて答えました。
「はい、大丈夫です」
もちろん『大丈夫』ではないと思います。『大丈夫じゃない』......そう言える誰かが彼に1人でもいれば、こんな事件は起きなかったのではないかと思えてなりません。
取材・文◎鈴木孔明
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