平日午前11時前、西武池袋線練馬駅下りホーム待合室での出来事でした。
一人の老人が突然履いていたズボンとパンツを降ろし、性器を露出しました。その時、待合室には男女合わせて6人以上の人がいました。その場にいた男性がすぐに110番通報し、駆けつけた警察官によって逮捕されたのは酒居栄治(仮名、裁判当時64歳)という男でした。
「仕事や他のことで疲れてて、寝てたつもりだった。現実と夢が混同してて...気づいたら性器を露出していました」
被告人質問でそう語っていた酒居には過去に一回の離婚歴があり、事件当時は練馬区内で一人暮らしをしていました。コンビニ店員として働きながら『高齢者の生き甲斐を見つけてあげるアドバイザーのような仕事』にも従事していて、とても忙しい日々を送っていたようです。彼が2つの仕事を掛け持ちしていたのは金銭面だけでない事情がありました。
「前回服役した時に、もう二度とやらないと誓って出所しました。病院にも通いました。性欲に意識が向かないよう生き甲斐を見つけて、犯罪に至る暇もないくらい忙しくしていればもうやらないで済むと思ってました」
彼には以前に9犯の前科があり、その全てが公衆の面前で性器を露出したという公然わいせつ罪でした。
初めて捕まったのは昭和57年、まだ彼が20歳代だった頃です。それから30年以上、彼は何度も同じ罪で捕まり、服役も経験しました。それでも更正することは出来ませんでした。
彼の露出癖がなりを潜めた時期もありました。結婚をしていた時です。
「通っていた病院で知り合って結婚した」
という妻がいた時には彼は一度も捕まることはなく、安定した生活をしていました。しかしその結婚生活も5年で幕を閉じてしまいます。
「結婚してた時はやらなかったんですけど、妻はお金を使い果たして失踪しました。妻がいなくなってからまた再発してしまいました」
彼が露出をしてしまう原因の一つは『ストレス』だそうです。多忙を極める仕事へのストレス、そしてそれを話す相手のいない寂しさ、そういったものが彼を露出に駆り立てていました。
「忙しくしていればもうやらないで済む」
そんな彼の目論見は裏目に出てしまったのです。
ストレスは「露出」に繋がるのか?
では何故ストレスが露出という行為に繋がるのでしょうか? 証人として出廷した、社会復帰後の彼の生活をサポートすることになっている社会福祉士の方の話です。
「公然わいせつ常習犯は、女性が騒ぐのを『報酬』ととらえてしまうことがあります。被告人はこの『報酬』を得ることでストレスを解消しようとしていたと考えています」
今後は、彼の他者に対する認知の歪みを矯正することで『報酬』を『報酬』でなくしていく治療を考えている、ということでした。
「今まで何度も裁判を受けて、そのたびに目撃者の気持ちって考えたりしなかったんですか?」
このように裁判官に聞かれた酒居の答えも社会福祉士の方の証言を裏付けるようなものでした。
「考えてはいました。以前は女性がキャーキャー騒いでいるのは喜んでいるからだと思っていました。とても認知が歪んでいたと、今は自覚しています」
酒居の他者への認知は医療機関での治療が必要なほど歪んでいました。しかし彼は何度逮捕されても自分の考え方の異常性には気づけませんでした。
誰であっても生きていく中で様々なストレスを抱えながら生きています。それを解消できる何らかの手段がなければ人は壊れてしまいます。
そして、どんな人でもある程度の認知の歪みはあります。周りにいる人の気持ちや感情を完全に理解し把握できる人などどこにもいないのです。彼のように犯罪行為に至るケースは極端かもしれませんが、少しだけ考えてみてほしいのです。
あなたが『報酬』と感じているものを得ることで、誰かを傷つけていることはないですか?
ないと思うならそれでいいと思います。しかし、それは彼のようにただ気づけていないだけかもしれません。(取材・文◎鈴木孔明)
【関連記事】
●尊敬する百田尚樹先生の「殉愛」を『ニセモノだ!』と認定した裁判を傍聴してきました
●「僕は死にたくない」 涙ながらに筆談する夫の首を絞め殺害した妻
●「吐くために、食べ物を万引きする」 自分をコントロール出来ない摂食障害の恐さ