ここのところ、二十代から三十代の生活困窮者による万引きを目にする機会が増えた。比較的安価な食料品や酒などを盗むことが多く、捕らえてみれば数百円の金すら持たないケースが目立つ。今回は、急増する若年貧困層による万引きの実態に迫る。
都内の大型スーパーでの勤務中、未精算の商品を手に持ったまま店外に出る「持ち出し」と呼ばれる手口を用いて、ふたつのおにぎりを盗んだ一見サラリーマン風の男を捕らえた。被害総額は、二百六十五円。身分確認の結果、身なりのきれいなホームレスであることが判明した二十五歳の男に、お決まりのセリフをぶつけてみる。
「今日は、どうしたんですか?」
「悪いとは思っていたんですけど、腹が減っちゃって我慢できませんでした......」
●サラリーマン風の男の所持金はわずか六円
男の所持金は、わずか六円。少し前までは生活保護を受給しながら簡易宿泊所に寝泊まりしていたらしいが、門限破りをしたことで施設を出されてからは、ネットカフェやマクドナルドを拠点にして日雇いの仕事で食いつないでいるという。雨の日が続いて数日に渡り仕事にありつけなかったことから、所持金が底をついて犯行に至ったらしく、今夜は駅の階段か公園のトイレで寝るつもりだったと話した。
盗んだ商品を買い取れない場合には、商品代金を立て替えてくれる身柄引受人を用意してもらうしかない。誰か助けてくれる人はいるか尋ねてみると、家族とは絶縁状態にあり、助けてくれる友達もいないと答えた。金の切れ目は、縁の切れ目。血肉を分け合った家族や、いくら仲のよかった友人であっても、その基本は不変なのだろう。
「日雇いの仕事が決まっているので、明日まで待ってもらえないでしょうか」
軽微な被害であるし、商品を買い取ってくれれば警察を呼ぶまでもないと店長は話していたが、その支払いを猶予するまではできない。やむなく通報すると、その動きを察知した男が、突然に泣き始めた。なだめつつ話を聞けば、昨日も別の店でおにぎりを盗んで捕まっており、次にやったら逮捕すると担当刑事に脅かされたらしい。
「おれ、刑務所だけは行きたくないです。お願いします、助けてください」
「刑務所に行くことはないだろうけど、罰金刑になるかもしれないですね」
「え? 罰金が払えない場合は、どうなるんですか?」
「労役に行くことになりますよ」
窃盗罪の罰条は十年以下の懲役であったが、二〇〇六年の法改正で五十万円以下の罰金刑が新たに制定された。国は罰金を徴収することで犯行を抑止しようと考えたのだろうが、実際の現場では罰金刑の存在を知らないまま捕まってしまう万引き犯ばかりで、さほど周知されていない状況にある。そもそも金に困り、空腹に耐えかねて食品を盗んだ者に対して罰金を科しても、なにひとつ解決しないだろう。
「それじゃあ、刑務所に行くのと変わらないですね。もうおしまいだ......」
警察官が臨場するまでのあいだ、より大きな嗚咽を漏らして泣き続けた男は、あえなく逮捕されることになった。警察庁は万引きを規範意識の問題に落とし込み、万引きは犯罪だと訴え続けているが、貧困や空腹は規範意識を超越する。頻発する高齢者による万引き理由の多くは貧困であるが、高齢者を支える立場にあるはずの若い人達の暮らしも同様だとすれば、この国の先行きが不安でならない。
Written by 伊東ゆう
Photo by Thomas Leuthard
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