昔、ロフトプラスワンで公開討論を申し込まれました|久田将義・連載『偉そうにしないでください。』第三回
事件の現場となったロフトプラスワン
肩書で判断する人々
今まで様々な「偉そうな人」たちを書いてきました。二回とも国会議員でした。興味がある人は見返してください。
偉そうな人を嫌いなのは、気の弱さを態度で威嚇しようとしているからなのです。気が弱くても良いではないですか。でも偉そうな人は、国会議員だけではありません。
同業者も偉そうな人はいます。ライター、編集者、作家などなど。例えば、僕は『実話ナックルズ』という月刊誌の編集長をしていました。月刊・創刊で編集長になったので名刺を渡しても「?」という人がほとんどでした。それは構わないのです。初めて見た名前ですから、そういう反応になるでしょう。
ただ、明から様に「え? チックルズ?」(当時は「実話GON!ナックルズ」という名称でした。GON!を小さくナックルズの「ナ」にかぶせたので「チ」に見えたのです)と半笑いされたり、「私は角川で仕事しています」から「何すかこの雑誌」という反応の人は何人かいらっしゃいました。
地道に名前を売るのは大変です。一年経っても浸透しなかったのではないでしょうか。ただ『実話ナックルズ』はその後、段々マニアの人に知られてきて売り込みも増えてきました。かつて半笑いをした人が手の平を返して営業に来た時は、微妙な気持ちになりました。バカにした方は覚えていなくてもバカにされた方は覚えているものです。僕も気を付けたいと、その時思いました。でも一応、話は聞きました。
中森明夫氏と藤井良樹氏から果たし状みたいな(笑)内容証明書が届きました
僕は以前、ワニマガジン社という出版社に在籍していたこともあります。28歳くらいでした。無名の若僧でエロ本出版社の編集者です。ですから、よくナメられました。外見もなよなよしていますし。
当時、ワニマガジンでは一人でムックを作っていました。「うわさの裏本」という名前のムックを出版した際、中森明夫さんと藤井良樹さんと吉留さんというライターから内容証明書の抗議が来ました。
そのころ中森明夫さんは『週刊SPA!』で連載をしていて、藤井良樹さんはブルセラ・ライターとして『朝まで生テレビ』に出演したり、「ライターズデン」という自主制のライター専門ゼミみたいなものを開催していました。
彼らからの内容証明書の抗議文の宛名は、編集人の僕と発行人の平田昌兵社長(当時)とライターの金井覚さんになっていました。
平田社長は僕が最も尊敬する編集者で、その昔、梶原一騎の担当をしていた人でした。KKベストセラーズのカリスマ社長の岩瀬さんが亡くなった後、ワニブックスとワニマガジン社に別れ、平田さんはワニマガジンの社長になりました。
内容証明書は見慣れていますので、彼らから来た内容証明書は今思うとヘンでした。なぜか、”筆文字”で書かれていて何だか果たし状みたいでした。普通に書けばいいのに。当時は、調子に乗っていたのでしょう。
こういうのは淡々と書かれた方が怖いんですけどね。ことわざで言うと「弱い犬ほどよく吠える」になりますか。
で、どんな内容の抗議だったのかというと…長いし、鬱陶しい文章でした。あまり覚えていません。なぜ内容証明で抗議が来たのか。簡単に書くと以下のようになります。
彼らが指摘する記事の内容はストーカーをテーマとして、吉留さんというライターの個人情報を入手していくといったドキュメントです。
●金井覚さんは吉留さんが講師をしているライターズデンという、ライターになりたい人達の為の自主講座に潜入し隠しカメラを持って写そうとしたが失敗。
●内容証明の中身はこの記事はライターズデンの名誉を貶めるもの。だからロフトプラスワンで公開討論を行え、というもの。
討諭会には上司の部長と平田社長とライターの金井氏と、そして僕の出席を要望するということでした。平田社長は海千山千の歴戦の人で鼻で笑って無視でした。
平田社長は「偉そう」では全くありません。自分の子どもほどのライターに挨拶する時、「平田でございます」と腰を低くして名刺交換をしていた姿を今でも思い浮かべます。年下のライターに頭を下げる姿がカッコよかったです。僕にとっての恩人です。
その平田社長に「出てこい。公開討論しよう」という、大げさな筆文字で書いてきた中森さん、藤井さんには、
「てめえごときが、あの平田社長を呼び出すとか、百年はえーよ」
と言っておきましょう。今でも腹が立ちます。失礼だろ、と。
数日後、藤井良樹さんから電話がありました。もうだいぶ経つので記憶が定かでないがこんな内容でした。
僕「出席しません」
藤井氏「何で」
僕「は? 出席したくないからですけど」
という身もふたもないような会話を交わしました。偉そうな人にはこういう対応をします。
で、別件で当時『危ない一号』という雑誌の天才的編集長だった故青山正明氏に電話したら、ヘラヘラ笑いでこう答えてくれました。
「行くと言っておいて、当日腹が痛くて行けなくなったというのはポップでいいと思います。あ、方角が不吉なんでやめましたっていうのもバカにしてていいですねぇ」
という返答が青山さんらしいなと思ったので記しておきます。
「逃げない」って言ったそばから……
さて当日のロフトプラスワン。
自信満々に乗り込んできたのでしょう、中森さんと藤井さんと吉留さん。三氏は恐らく、会場はライターズデンの生徒たちで埋まっていると思っていたのでしょう。なぜなら告知は「週刊SPA!」誌上で中森さんが自分の連載ページで行っていたからです。
「ライターズデンは逃げない」と書いてあったと記憶していますが、結論を言っておくと、かなり逃げ足が早かったです。
客席にはライターの松沢呉一さんやヘアヌードプロデューサーの高須基仁さん、青山正明さんの知り合いや『恋ができない』(幻冬舎)著者ライター井島ちづるさん(故人)らがいて、ライターズデン一色ではありませんでした。
とりあえず僕は「客席に座っていろ」ということになりました。討論会と銘打っておきながら司会がいないという妙な会でした。壇上には藤井、中森、吉留の三氏。3対1という誰が見ても不公平な環境で行われた「討論会」です。
冒頭、中森さんは「今日は言質をとらせてもらう」と言います。そんな見栄を切って大丈夫でしょうか。
そして、初めに中森さんが「この会は糾弾という意味を持つ……」と言った途端、高須さんが席から立ち上がり、
「なかもりぃーっ。糾弾って意味わかって言ってんのかぁー!」
と怒鳴りました。
間をとり持つように、藤井さんが「まあ、とりあえず」みたいに会を始めるのですが、ライターズデン側が何かしゃべるたびに、壇上の目前に陣取っていた客からの容赦ない突っ込みが入ります。
藤井、中森、吉留三氏は壇上で立ち往生となり、討論会の呈をなしていませんでした。
客席には同業者もいて、
「僕は●●出版のもので興味があって来たが、結局何を目的としてこの討論会を開いたのかわからない」
という声まで出る始末。僕は既に壇上の三人が哀れにさえ感じてきました。
さらに女性客から、
「大体、一人対三人でしかも似合わない金髪のデブで、恥ずかしくないんですかぁっ」
などという罵声や怒号も飛んでいました。よっぽど嫌われていたんですね。
そこで三人はどうしたかというと、反論に出たのでも怒鳴り返すでもなく、
「一時休憩します」
と、か細い声でつぶやいたかと思うと、何とそのまま壇上を降り、会場を出てしまったのです。「ライターズデンは逃げない」のでは……。
自ら告知し、主催ライターズデンと謳った「討論会」を放り出して逃亡。よほどダメージに弱い人たちなのでしょう。彼らにとってトラウマになったであろうこの夜の悪夢は忘れることができなかったらしく、それ以来「ロフトプラスワン」で以前まで定期的に行われていたライターズデンのイベントは全くやらなくなってしまったようです。
偉そうな態度を取るとブーメランになるんだなと勉強させて頂きました。
ただ、僕はほとんど何もしていません。周囲の協力者たちに助けられただけでした。その点では、心苦しいのと感謝しているのと両方の気持ちです。
僕は一度、人を嫌いになったら徹底的に嫌う癖があります。最近は柔らかくなりましたが。嫌いになるには理由があります。中森氏、藤井氏の上から目線に腹が立った訳です。「偉そうな」奴はやっぱり嫌いですね。(『トラブルなう』より再録・加筆)
文◎久田将義