新元号「令和」に違和感を持ちながらも好意的である日本人のなぜ そこに込められた菅原道真の影
中国の書物からの出典を求めてきたこれまでの元号に対し、今回は初めて日本の国書に由来した元号であることを、中国メディアの一部は否定的な視点をはらんで報じていたりもするが、ら行はじまりであることは、むしろ外に向けて開かれているともいえるだろう。
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はじまりを想起させる
次に「れいわ」という語感とその由来について。私も発表後すぐに「00←令和」とツイートしたが、多くの人がこの語感に「0」を感じていることが伺えた。
0という何もない状態は、とりもなおさずはじまりを想起させる。さらに由来として合わせて発表された万葉集の「梅花の歌」は、春の歌である。感覚的にご理解いただけると思うが、日本人は春を始まりの季節だと感じている。春には草木が芽吹き、虫や動物たちも活動的に動き出す季節であることからきている。現在では春の花としては桜がお馴染みだが、それは江戸時代以降にソメイヨシノが多く植樹されて以降のものであり、それまで日本人は永く梅を「春の訪れを告げる花」として愛でていた。
こうしたことから、何もない状態から増殖の春へと大きく花開くイメージをもたせる。
令和と菅原道真
梅の花から連想される歴史上の人物に菅原道真がいる。道真の詠んだ歌の中でもっとも有名な「東風吹かば にほひおこせよ梅の花、主なしとて春を忘るな」にも梅が入っており、道真を祀る天満宮(天神)の神紋も梅をモチーフにしたものであり、境内には梅が植えられている。
さらに、令和の典拠となった梅花の歌の序文は、8世紀に太宰府天満宮で催された梅花の宴の折に詠まれたものであることからも、道真と深い結びつきが感じられる。