髪女 「浴室の排水口にびっしりと絡まっていた黒くて長い髪の毛の謎」|川奈まり子の奇譚蒐集二九
その晩も、例の夢を見た。
金縛りにあい、ダイニングキッチンの方を向いたら、頭の大きさの黒い球が宙をスーッと横切った。
それから意識が朦朧としてきて、ハッと気づくと朝になっていた。
……近頃では、これが本当に夢なのかどうか、自信を喪失しかけている。
このことがあってから、彼は神経質なほど頻繁に掃除をするようになった。すると、ほぼ毎日、長い髪の毛が出現していることがわかってきた。
しかも、ダイニングキッチンの床でも見つけるようになった。以前は見落としていただけかもしれないが、髪の主の行動半径が広がっているような気がして恐ろしく感じた。
夏になる頃には、引っ越したいと思いはじめた。しかし上司に相談しづらく、我慢するしかないとあきらめてもいた。
――前の職場ならみんな気心が知れていたんだがなぁ。ここでは新参者だし、転居するには金もかかるし、髪の毛と夢が怖いからなんて馬鹿にされるに決まってるしなぁ。
そんなわけで彼は、夜の街で飲み歩くことが増えた。そのうち行きつけの店が出来て、そこで知り合った仲間としょっちゅう店で落ち合って歓談するようになった。