髪女 「浴室の排水口にびっしりと絡まっていた黒くて長い髪の毛の謎」|川奈まり子の奇譚蒐集二九

腰痛持ちで怪奇現象にも困らされているが、本来、正博さんは陽気で社交的な性質なのである。

そこで、ある夜、いつもの飲みの席で、髪の毛の件を一種の怪談として披露した。

「このところ暑い日が続いているから、いっちょ納涼ってことで、俺の本当にあった怖い話をひとつ……。今、住んでるアパートさあ、髪の毛が落ちてるんだよ。そこそこ長さのある真っ直ぐな黒髪がパラパラと……掃除しても、また翌日には落ちてるんだ。おまけに、夢か現実かよくわからないんだけど、しょっちゅう金縛りにあって、そのときダイニングキッチンの方を向いたらヤバいんだ。黒い影がスーッと飛んでいくのが見えちゃうからさぁ……」

とかなんとか。
狙いどおりに座が盛り上がり、背中にずっと貼りついていた怖さも薄らいで、話してよかったと彼は満足だった。

店の閉店時刻は午前3時で、そこで飲み会はお開きになった。正博さんはその日は退社後、帰宅せず真っ直ぐ飲みに来てしまったから、通勤に使う自転車を店の前に停めていた。いけないことだが、わずかな距離だから……と、自転車の飲酒運転で帰ることにした。
漕ぎだすと、酔っ払って熱くなった顔に風があたって気持ちよかった。