髪女 「浴室の排水口にびっしりと絡まっていた黒くて長い髪の毛の謎」|川奈まり子の奇譚蒐集二九
まあ、しかし、異動直後は途轍もなく忙しく、新しく覚えなければいけないことも多く、おかしな夢にこだわっている暇などなかった。
とはいえ、それからも同じ夢を週に2、3回も見つづけたので、次第に怖い感じがつのってきて、週末ごとに繁華街に繰り出したり、平日でもコンビニで買ってきた酒を軽く飲むようにして、余計なことを考えないように努めてもいた。
引っ越しから3週間ほど経った週末のことだ。
なんの予定もない日だった。目が覚めて、あらためて部屋を眺めてみたら、部屋じゅうがひどく汚れて散らかっていた。考えてみたらあれから一度も掃除をしていなかった。
そこで今日は徹底的に片づけと掃除をしようと思い立った。入居した日と同じように、和室から順に手をつけていって、洗面所の番になった。ふと、厭な光景が頭をよぎった。
――あのときは、洗面台に落ちてたんだよなぁ。誰のものかわからない黒い髪の毛が、パラパラと。
しかし流石に毎日髭剃りや洗顔、歯磨きで洗面台を使っているので、同じことが起こるはずはない。そう思っていたのだが。