髪女 「浴室の排水口にびっしりと絡まっていた黒くて長い髪の毛の謎」|川奈まり子の奇譚蒐集二九

翌朝、正博さんは宮崎支所に初出勤した。

前夜は早めに床に就いたのに、あまりよく眠れなかった。掃除と引っ越し作業のせいで持病の腰椎分離症が少し悪化してしまったせいもあったが、痛みは鎮痛剤でコントロールしている。それよりも、変な夢を見たからだ……いや、あれは夢なのか、どうか……。

どれほど眠ったかわからないが、深夜ふと目を覚ましてしまい、途端に、体が動かないことに気づいたのだった。

――金縛りだ!

焦って左右を見回すと、磨りガラス越しに見えるダイニングキッチンの方が仄明るい。窓の外から外の街灯の明かりが差し込んでいるのだ。ガラスの引き戸の向こうに、青い光が薄ぼんやりと満ちていた。

そこを、水槽で泳ぐ魚のように、黒いものがゆっくりと横切っていった。

女性か子どもかわからないが、小柄な人物の頭ぐらいの高さを、ちょうど大きさも人の頭ほどあるかと思われるような球状の影が、スーッとダイニングキッチンを通り抜けていく。

――という夢を見たんだよな? 気づいたら朝だったもんな。

夢に違いないと正博さんは考えたが、金縛りの感覚と不思議な丸い影が現れたときの光景を生々しく記憶していて、どうも普通の夢とは違った。いつもは夢を見てもすぐに忘れてしまうのに、1日経っても忘れられず、細部まで鮮明に憶えていて、実際に体験したとしか思えなかった。