髪女 「浴室の排水口にびっしりと絡まっていた黒くて長い髪の毛の謎」|川奈まり子の奇譚蒐集二九

「川奈さんは憶えていますか? 僕が当時、脊椎分離症といって腰の骨が疲労骨折する病気になっていたって……」

「もちろん。『オバケの棲む家』の初めの方にその辺の経緯を書きましたから……。たしか、手術を受けられて4ヶ月も入院して、入院中に宮崎県の社宅を追い出されてしまって……愛媛支所に異動させられたのは退院後の話ですよね?」

「そうです。だから、これから話す出来事は、手術前、腰痛に悩まされながら宮崎県で働いていたときのことなのです」

岡村正博さんが宮崎県に赴任したのは4月初めのことだった。

その前は福岡県の支所にいて、会社の独身寮に住んでいた。宮崎支所で欠員が出たために異動させられることが決まったわけだが、聞けば、宮崎支所には単身者向けの寮がないのだという。そこで、正博さんに異存がなければ、会社が一部家賃を負担してアパートを借りてくれることになった。

無論、異存があるわけがなかった。経済的に助かるというだけでなく、高卒でこの会社に就職してからずっと独身寮に住んできて、アパートでひとり暮らしすることに少し憧れていたのだ。