髪女 「浴室の排水口にびっしりと絡まっていた黒くて長い髪の毛の謎」|川奈まり子の奇譚蒐集二九
――ひゃあ、涼しい。
ご機嫌で商店街のアーケードを走り抜けた。ここを出て道を左に曲がったら、アパートはもう目と鼻の先だ。
正博さんは緩やかにハンドルを切った。その瞬間、自転車を後ろから激しく引っ張られたように感じた。
彼は勢いよく転倒し、道路に投げ出された。ビリッと音がして、仕事用のワイシャツが大きく破れるのがわかった。肘が熱く脈打ち、血の臭いがした。
呻きながら体を起こしてみたら、頭を電柱に擦りそうになった。
電信柱のすぐ近くに倒れていたのだ。
あと3センチそっち側に転んでいたら、頭をコンクリート製の電柱に強打して死んでいたかもしれないと思うと、背筋が凍った。
――あの話をしたせいだ!
なぜかそう直感して、部屋に帰るのが恐ろしくてたまらなくなった。
しかし帰らないわけにはいかない。
恐々と玄関を開けて、部屋に入り、シャワーも浴びずに寝てしまった。
その夜は夢を見なかったが、翌朝、洗面台に長い髪が何本も散らばっていた。