髪女 「浴室の排水口にびっしりと絡まっていた黒くて長い髪の毛の謎」|川奈まり子の奇譚蒐集二九

それからしばらくして、8月下旬のある日、夜8時頃に自転車で会社から帰宅する途中、スーパーマーケットで夕飯にする弁当を買った直後のこと。

交通量の少ない十字路を自転車で渡ろうとしていたとき、なんの前触れもなく、後ろからいきなり強い衝撃を喰らった。自転車ごと前に跳ね飛んだかと思うと、正面に電柱が迫っていた。

――ぶつかる!

正博さんは咄嗟に自転車から飛び降り、横にゴロゴロと転がった。

自転車が電柱に激突して、弁当と通勤鞄を入れた前カゴとフロント部分がグシャグシャに潰れるようすが、なぜかスローモーションのように緩慢かつはっきりと見えた。

そのとき頭に浮かんだのは「弁当がパーになった」ということだったが、我に返ると、それどころではない。あと少しで命が危なかったし……この前の出来事と似ているではないか……。

今回は怪我はなかった。起きあがって振り向くと、前半分が潰れた自転車のすぐ後ろに自家用車があった。停止しているが、運転席に人がいる。

――あいつに追突されたんだ!

警察を呼ばなければ、と、思いながら、ひと言、言ってやらないでは気がすまなかった。