髪女 「浴室の排水口にびっしりと絡まっていた黒くて長い髪の毛の謎」|川奈まり子の奇譚蒐集二九

翌日、保険会社から電話連絡があり、そのとき、女性が追突した原因など、何か新しくわかったことがあるか訊ねてみたが、何もわからないという返事だった。

「今朝聞いたところだと、あれからまだひと言も喋らないんだそうです。ご家族も困惑していました。精神科を受診させるそうですよ。……災難でしたね」

奇妙な追突事故に遭ってから、正博さんの腰椎分離症は目に見えて悪化しはじめた。事故の直後はなんでもなかったのだが、日が経つごとに痛みが強くなってきて、とうとう鎮痛剤が効かなくなった。

事故から一週間後、夜、寝るに寝られず、脂汗をかきながら激痛に耐えて、なすすべもなくただ横たわっているうちに、金縛りに襲われた。

今回は眠っていなかった。眠っていて、目が覚めると金縛り……という、これまでのパターンとは違う。痛みで眠れず、目は冴えていた。その瞬間、ガクンと一段床が下がったかのように感じたかと思うと、上から圧迫感を覚え、指一本動かせなくなった。

重さを感じるという点も、今までの金縛りとは違う。
上からのしかかられているかのようだ。眼球は動かせた。いつもなら、この後、ダイニングキッチンを黒い球が横切るのだ。

横目で、磨りガラスの引き戸を捉えた。青く沈んだ、深夜のダイニングキッチンが擦りガラスの向こうにある。

ほら、今に、黒い影が……。と、怖いような期待するような中途半端な心地で待っていると……現れた。黒い、人影が。