髪女 「浴室の排水口にびっしりと絡まっていた黒くて長い髪の毛の謎」|川奈まり子の奇譚蒐集二九
「どこに目をつけてんだよ! 危ないじゃないか!」
窓から覗き込むと、ドライバーは中年女性で、ハンドルを握りしめたまま、目を見開いてガタガタと震えていた。
「おい! オバサン……大丈夫?」
女性は激しく震えているばかりで、返事も出来ないようすだ。話しかけても、振り向きもしない。真っ直ぐ前を見つめて震え、血の気が失せて顔色が紙のように白い。
結局、正博さんが警察に通報し、パトカーでやってきた警察官に事情を説明した。
「交差点で、左右の安全確認をしましたか?」
「しましたよ! もっとも車は全然いませんでしたけど、左右も、前方にも、一台も。でも、追突されたのは間違いないから、後ろには走っていたんですよね」
「そういうことになりますね。クラクションを鳴らされませんでしたか?」
「いいえ。何にも聞こえませんでした。いきなりドンッと……」
――あれ? エンジンの音も聞こえなかったなんてこと、ありえるのか?
女性は立つことも出来ず、相変わらず口がきけない状態だったので、家族が呼ばれて警察署で事情聴取することになった。正博さんも出来れば警察署に来てほしいと警官に言われ、仕方なく同行した。