惚れられの夜 「ラブホテルのドアが開いた瞬間、ギャと叫んだような、いや恐ろしくて声も出なかったような…」|川奈まり子の奇譚蒐集三四

恐ろしい目に遭われましたね、と、私は彼をねぎらった。それから、Aさんとはその後どうなったのか、訊ねた。

すると佐々木さんは、「最近ようやっと来なくなりました」と私に答えた。

「翌日から、彼女は、毎日、僕の店の前に着物を着て立つようになったんですよ。それまで和装で来たことなどなかったのに、なぜか着物姿で、でも、ただボーッと佇んでいるだけで、前を通りすぎても黙ってるんです。ええ、僕からは話しかけませんでしたよ! 声を掛けたら何か恐いことが起きそうな気がして、無視してたら現れなくなったので、ホッとしているところです」

「毎日、ですか?」

「はい。しかも何時間も。会社を辞めてしまったんでしょうね。平日の昼間もいましたから。もしかすると、生霊か、あれから自殺でもして幽霊になったのかもしれないとも思いましたが……調べなくていいですよ! 知りたくないので!」

 

このお話を伺ってから、私は件のラブホテルを確かめに行ってみた。

佐々木さんが語られたとおり、ラブホテルが2軒並んで建っており、すぐそばに多摩川のワンドがあった。

ここは通称「ラブホ池」と呼ばれているらしいが、想像していたよりもずっと良い場所だった。水面に陽光が躍り、鮒が跳ねていた。緑が豊かで、川のせせらぎも耳に心地いい。釣りが趣味なら、また訪れてみたいと思ったかもしれない。

佐々木さんとAさんが訪ねたラブホテルで過去に客が死亡した事件があったかどうかはわからなかった、ということにしておく。

Aさんの生死については、彼と約束したので、調べていない。(川奈まり子の奇譚蒐集・連載【三四】)

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