虫の知らせ 「今日は何か変だ…帰った方がよさそうな気がする」|川奈まり子の奇譚蒐集二三

15年前のことだ。そのとき、田代さんは持病の鬱が悪化して精神科に入院していた。彼の家系には鬱病を患う者がなぜか多く、鬱症状が重いときは入院してしまうのが快癒への近道だと心得ていて、実際、個室に入院して4、5日も経つと、ずいぶん心が軽くなったように感じられた。

入院前は不眠症だったのが嘘のように寝つきもいい。前夜など、もう治ったんじゃないかと思うほどだった。今夜もぐっすり眠れるといいな……そう思いつつ、ベッドに横になったのだが。

突然、両肩を下に引っ張られる感じがして目が覚めた。

驚いて飛び起きると辺りは真っ暗。ベッドスタンドの明かりを点けて目覚まし時計を確認してみたら、深夜の2時過ぎだった。

ベッドを振り返ってみても、何も異変は見当たらない。左右の肩を下に引っ張られる気がしたのだが、一種の夢だったと思うほかなかった。

ベッドスタンドを消して、もう一度、横になった。
するとすぐに、今度は右の二の腕を引っ張られた。明らかに人の手に掴まれた感触があり、またしても下に強く引かれたので、思わず悲鳴をあげてベッドから転がり落ちた。