虫の知らせ 「今日は何か変だ…帰った方がよさそうな気がする」|川奈まり子の奇譚蒐集二三

前ページからのつづき

 

そのうちの1人は私の夫で、彼が語ったのはこんな話。

1982年の2月14日のことだった。翌日に大学入試を控えた当時18歳のノリマサ(夫)は、夜の9時頃、ふと石油ストーブの石油の減りが気になった。

自分の部屋に置いてあるストーブで、それはそのときも彼の後ろで赤々と火を灯していた。早めの夕食からすでに3時間ばかり勉強机で参考書を読み返していて、あと1時間ぐらいしたら寝ようかと考えていた。寝る前に石油を足しに行くのが合理的で、今やる必要はないわけだ。

けれども、なぜか急に石油ストーブに石油を満たしておきたくなった。

彼の部屋は一戸建ての家の2階にあり、石油缶は1階の玄関の三和土(たたき)にある。ストーブから石油タンクを外して手に提げ、部屋のドアを開けてみたら、家の中は深閑と静まり返っていた。

隣は5つ年下の弟の部屋だが、弟は野球少年で寝付くのが早い。1階で祖母も寝ているだろうと思われた。明治40年生まれの祖母も、近頃は早々に眠ってしまう。

ノリマサの母は横浜でスナックを経営しており、明け方まで帰らない。父はいつものように同僚と雀荘でマージャンに興じているに決まっていて、これもまだ帰らない。

つまり目を覚まして動いているのは自分だけ……。