虫の知らせ 「今日は何か変だ…帰った方がよさそうな気がする」|川奈まり子の奇譚蒐集二三

会社から家までは片道1時間少々の道程だ。途中で電車を1回乗り換え、家の最寄り駅からは自転車に乗って帰るのだ。平日午前の下り列車は空いていた。最寄り駅の駐輪場にも人影は少なく、なんだか夢の中の出来事のような気がしながら、自転車を漕いで家に戻った。

溝口さんの家は農業と造園業を営んでいるので、広い土地を有している。植木の栽培も行っていて、母屋の周囲は松や柘植に取り巻かれていた。

植木が林のように生えている面白い景観が見えてくると同時に、木が焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

剪定した枝や畑で出た塵芥をドラム缶で焼く匂いだ。溝口さんは、自室のゴミ箱が溢れそうになっていることを思い出した。あれを一緒に焼いてもらおう、そう考えて、自転車を置くとすぐに母屋の2階にある自分の部屋からゴミを取ってきた。

急がないと火が消えてしまうと思ったから着替えもしていない。会社に行ったときの格好のまま、ゴミの詰まったレジ袋を片手にドラム缶のところへ行くと、ドラム缶の中だけではなく、横に積んだ小枝の山と近くの植木まで燃えていた。

松明と化した植木は柘植で、この樹は油分を豊富に含んでいるせいか、よく燃えるようだ――などと余りのことに溝口さんはちょっとの間、見惚れてしまったが、火の粉が飛んできてハッと我に返った。