虫の知らせ 「今日は何か変だ…帰った方がよさそうな気がする」|川奈まり子の奇譚蒐集二三

自転車とはわけが違う。これぐらいの大型バイクになると目視できないはずはない。しかも信号のない交差点で、それなりに交通量があったわけだから、減速せずに右折するのはおかしい。

「僕は普段は安全運転なんやけど、なんで今日に限ってこんなんやってもうたんやろ? けったいやなぁ……対向車はいっこも見えへんかってんけど……」

翌日、VMAXを購入したバイクショップの店長が事故現場から今野さんのバイクを引き揚げてきてくれた。その足で入院中の今野さんを訪れて、病床の彼を呆れたように眺めまわし曰く、「奇跡やで!」。

「右足を骨折して、あとは擦り傷と打ち身だけやって? ありえへん! あないなおっきなバイクがフェンスにぶっ刺さるほどの事故に遭うたら、ふつう死んでる!」

そこで今野さんは店長に、出発前にエンジンが原因不明の不調だったこと、走り出してからも、何度も胸がモヤモヤする感じがして引き返そうと思ったことを打ち明けた。

「なるほど、虫の知らせを無視したんやなぁ」と店長は言った。

今野さんは、私に、「だからこれは、虫の知らせを無視した話なんです」と説明したが、私は守護霊だかご先祖様だかわからないが、彼を必死で守ろうとする意志と死神が闘った話であるという解釈も成り立つと思った。

死神は、彼の大型バイクを透明にし、善意のドライバーに無謀運転をさせた。しかし守護者は何度も警告を送り、それでもダメとなると、奇跡的に軽い怪我で済むように取り計らった――。

それとも、今野さん自身の第六感だったのだろうか。

「どっちにしても、虫の知らせを無視したらあかんのやって僕は思います」
「私も同感です」

(川奈まり子の奇譚蒐集・連載【二三】)