虫の知らせ 「今日は何か変だ…帰った方がよさそうな気がする」|川奈まり子の奇譚蒐集二三

貨物ターミナルがある港には、たいがい舗装されている広いスペースがあるもので、夜になるとコーナリングの練習をするバイク乗りが来ることも珍しくない。今野さんもよくそこへコーナリングの練習をしに行った。

でも、そのときは昼間だ。人目があるから8の字の稽古をするわけにはいかないだろう。なんとなく来てしまったが、またしてもモヤモヤが濃くなってきた。引き返した方がいいのではないか……。

フェリー乗り場の近くに、信号が無い交差点があった。減速して差し掛かったとき、いきなり乗用車が右折してきた。

典型的な右直事故で、直進しようとしていた今野さんのVMAXは10メートルも宙を飛んで、フェリー乗り場のフェンスに突き刺さった。

ちなみにすぐ近くをトラックも走っていたし、それ以外にも車はあった。そこそこの交通量だったにも拘わらず、その乗用車はほとんどスピードも落とさずに、突然右に曲がってきたのである。

たちまち大勢駆けつけてきた。右折してきた乗用車のドライバーも車を路肩に停めて降りてきた。今野さんはモヤモヤを何度も無視したことを後悔しながら、起きあがろうとしてもがいた。

右脚が痺れて動かない。救急車……と思ってジャケットの内ポケットから携帯電話を取り出そうとした、ちょうどそのとき、事故の相手が119番に電話をしている声が耳に入った。

人の好さそうな人物だった。激しくうろたえて、今にも泣きそうな表情だ。動揺しながら警察と救急に通報すると、すぐにこちらに飛んできて平謝りに謝りはじめた。

「全然あんたさんのことが見えていまへんやった! カンニンやで!」

こんなに大きな目立つバイクなのに、と今野さんは不思議に感じた。