『新型コロナ騒動』と『オウム・サリン事件の相似点』 ワイドショー常連のコメンテーターが今日も分からない専門用語で語る|中川淳一郎

東日本大震災も平成だったが、平成7年(1995年)といえば、1月17日に阪神淡路大震災があり、3月17日にオウムによる地下鉄サリン事件があった。この時の雰囲気と今が非常に似ているのだ。

今、感染症の専門家として、白鴎大学の岡田晴恵氏が連日のようにテレビに出ているが、当時もオウムの専門家が多数出演していた。実はこの時の「専門家」の登場が現在のワイドショーの「型」を作ったのでは、という気がしている。世間の関心があるジャンルに詳しく、喋りも上手でテレビ局の無茶ぶりにも応えられる人材が重宝されるようになったのだ。

 

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オウムの専門家として頻繁に登場したのは江川紹子氏(ジャーナリスト)、有田芳生氏(ジャーナリスト)、島田裕巳氏(宗教学者)、紀藤正樹氏(弁護士)、伊藤芳朗氏(弁護士)、滝本太郎氏(弁護士)の6氏だと記憶している。

「いつものメンバー」が朝のワイドショーに登場し、その意見を聞く。そして翌日も「また○○さんが出てるね」なんてことを家族で言い合っていたのだ。

オウムについては、「拉致」「VXガス」「ポア」「水中クンバカ」「尊師の入った風呂の湯」「ヘッドギア」「サティアン」「ホーリーネーム」「オウムシスターズ」などあまりにも過激過ぎるネタが多く、当時の日本はこの件で熱狂していた。

当時大学3年生だった私もワイドショーでオウム関連の話題を見るのが日課となっていた。当時、大学の一限は8時45分に開始していたが、自宅で8時30分までワイドショーを見て、自転車に乗って12分ほどで大学に着いていた。

火曜日の1限は「ベトナム経済」という講義だったのだが、この講義を取っているのは12人ほど。唯一同じ3年生のAさんという女性とは毎回オウムの話をしていた。彼女も大学近くにアパートを借りていたため、ギリギリまでワイドショーを見ていたのだという。