憑きもの体験記2「やがてそれは、ズルズルと足を擦りつけながら、枕もとの方へ接近してきた」|川奈まり子の奇譚蒐集三九

気をつけろという警句が鼓膜に蘇り、衝動的に枕を引っくり返してしまった。

赤い色が見えなくなると、いくらかましになったが、まだ恐ろしくてたまらず、藁にもすがる気持ちで、突然現れた血痕に合理的で科学的な説明を探した。

――怪我だ! 知らないうちにどこか切ったか何かして……。

しかし、慌ててバスルームの洗面台で頭皮や耳、鼻や口を見てみたが、かすり傷ひとつ見当たらず、鼻血や歯茎からの出血も疑ったけれど、どちらの粘膜も桃色に輝き、健康そのものであった。

 

次の仕事場でも続く恐怖

その後も神社の作業場での仕事が続けられたが、以降は何事もなく済み、秋口にはすべての工程が完了した。

タナカさんとの仲も元に戻った。タナカさんがあれから何か変事を体験しなかったか、それだけは気になったが、わざわざ突いてみるものでもないと自分に言い聞かせた。また不機嫌になられては損だ。

東京に戻ってから日を置かずに、今度は北海道の札幌市で同じような百貨店のパッケージシステムの開発プロジェクトのチームが再び立ち上げられることになった。

川越の神社に集ったのとほぼ同じメンバーと一緒に北海道に飛んで、仕事に取り掛かった。クライアントである百貨店の倉庫が作業場として用意されており、宿は札幌駅前のウィークリーマンションが指定されていた。

――こんどの仕事は、普通だな。

神社で作業させられたことと、陽炎に似た化け物に襲われたことには関係があると思われた。枕に残された血痕には、心の底から震えあがったものだ。

夢や気のせいでは済まされない、物理的な証拠が現れたことが恐ろしかった。

このまえは、異常な環境のせいで化け物と遭遇してしまったのだ。

今回は、ごく尋常に、倉庫で仕事をするのだから、怪しい出来事に見舞われることもないだろう。

そう思ったのだが。(3へつづく)

 

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