憑きもの体験記2「やがてそれは、ズルズルと足を擦りつけながら、枕もとの方へ接近してきた」|川奈まり子の奇譚蒐集三九

天井に陽炎が揺れている。カーテンの隙間から差し込んだ光を綺麗に透過させながら、そこで空気の襞が蠢いていた。

酸素を求めて口を大きく開けた私は、きっと、餌をねだる雛鳥のようだろう。

あまりの苦しさに、視界が暗く閉じてゆく。

ついに闇に堕ちた、と思ったら、

「気をつけろよ」

と、聞き覚えのない男の声が、耳もとで。

そして首から手が離れた。

サイドボードでアラームが鳴って、目が覚めた。

時刻を確かめると午前7時で、いつの間にか蒲団の中に潜り込んでいた。テレビは点けっぱなしで、室内はどこも昨夜と変わりがなかった。クローゼットの中も調べたが、誰かに触られた形跡もなかった。

ドアの鍵も掛かったままだった。

――なんだ、夢だったのか。

大きく安堵して、自分の怯えようが何やら馬鹿らしくなり、さくさくと朝の身支度を整えた。

いつもより早く出て、駅前のコーヒーショップで朝食を食べていこう。

そんなことを考えながら、いつもの習慣で、出掛ける間際にベッドを軽く整えようとしたところ、白い枕カバーにポツンとついた赤い染みが目に入った。

10円玉ほどの大きさの、真っ赤な……女なら誰でもわかる、血の染みだ。

しかし経血ではなく、乾いた血でもない。

生々しい鮮血が、円く付着している。恐々と人差し指の先で触れたら確かに濡れた感触があって、指先に赤い液体が移った。

鼻を近づけて嗅いでみたら、金臭い。

間違いなく、これは血だ。