憑きもの体験記2「やがてそれは、ズルズルと足を擦りつけながら、枕もとの方へ接近してきた」|川奈まり子の奇譚蒐集三九
「侵入者?」
「ああ。洋間だからドアに鍵が付いている。だから貴重品なんかもその部屋に置いて、夜中も内側から鍵を掛けて寝ている。ところが、午前4時過ぎに、そこへボーッとしたオッサンが入ってきたそうなんだ! 目の焦点が合ってなくて、物凄くぼんやりしたようすで周りを見渡して、「あ~、間違えましたぁ~」と言うと、部屋のドアを開けて廊下に出て行ったんだと! そこで、男連中はハッとしてね、すぐに後を追おうとしたんだが……」
「なんですか?」
「ドアに鍵が掛かっていたんだって!」
「……廊下に出てから鍵を掛けたんじゃないですか?」
「いや、そんな暇はなかったはずだし、鍵を掛ける音もしなかったんだって! でも、気を取り直して、即座に鍵を開けて廊下に飛び出したそうなんだ。だけど、廊下は静まり返っていた、と……」
夜、一人で寝ていると…
その日から、タナカさんとは別々の部屋に泊まることになった。
どうやらタナカさんが相部屋を厭がって、会社に掛け合ったようなのだ。
そこまで怯えさせてしまったかと思うと申し訳なく感じたが、不可抗力なので、何やら悲しかった。タナカさんからひと言も無かったことも、切ない。
新しく振り当てられた部屋はシングルルームで、狭いことを除けば、前の部屋と変わりがなかった。
ユニットバスの造りも、調度品やテレビやベッドサイドのラジオやアラームも、まったく同じだ。
午前2時頃にベッドに潜り込んだ。
サイドボードの明かりを消して、目を閉じる……と、マットレスの足もとが深々と沈んだ。
参考記事:赤い樵 「樹齢60年ほどの銀杏の大木を伐採してから起きた恐怖体験」|川奈まり子の奇譚蒐集二八 | TABLO