憑きもの体験記2「やがてそれは、ズルズルと足を擦りつけながら、枕もとの方へ接近してきた」|川奈まり子の奇譚蒐集三九

その「誰か」は陽炎のように透明でゆらゆらとした化け物だろう、と、想像しながら相槌を打った。

「怖いですね!」

するとなぜか、タナカさんは、この優しい先輩にしては非常に珍しいことに、酷く不機嫌そうに三白眼で睨みつけてきた。

「怖いですね? フン! 彩乃ちゃんのせいで本当に怖い思いをしたんだよ! あんた、夜中にトイレに行ったら、ちゃんとドア閉めてよね!」

「え?」

「さっき言ったように、真夜中に目が覚めたらさぁ……夢の最後に見た玄関のドアとまったく同じ角度で、ユニットバスのドアが開いてたのよ! もう、心臓が止まるかと思った! あとさぁ、私、あんたに風邪を伝染されたんだと思う。頭が痛くて仕方ないから、今日は休むって伝えておいて!」

いつもとは別人のような態度。「あんた」呼ばわりされたのは初めてだ。

理不尽だった。昨日の午後にホテルに戻って眠ってから、一度も目を覚ましたていないし、トイレもバスも使っていない。少なくとも、そうした記憶はない。

――でも、たぶん、先輩にあいつを伝染してしまったんだ。

タナカさんは、ひとしきり文句を言い終えると、蒲団を被って芋虫のように丸まったまま、うんともすんとも言わなくなった。

背中に向かって平謝りに謝り、神社の作業所に出勤した。

「タナカさんが休むとは、珍しいこともあるもんだ。君も昨日は早退だったし、この季節に風邪が流行っているのかねぇ……。弱ったな。もう平気なの?」

チーフに体調を訊かれて、「はい」と答えたのは嘘ではなくて、本当に何ともなかった。それどころか、いつもより調子が良いくらいだった。

「あ、そう。……そうだ、昨夜、おかしなことが起きたんだよ。男性スタッフが何人か、ここの洋室で寝泊まりしていることは知ってるだろう?」

「ええ。話は聞いてます。私はホテルで、とてもありがたいな、と。恐縮です!」

「いや、そういうことじゃない。それはいいんだ。そうじゃなくて……洋間に布団を敷いて雑魚寝している連中がいるわけだが、侵入者があったようなんだ」