憑きもの体験記2「やがてそれは、ズルズルと足を擦りつけながら、枕もとの方へ接近してきた」|川奈まり子の奇譚蒐集三九

このビジネスホテルの客室清掃係だ。そう思った。

なぜなら、いかにもそんな感じがする中年女性の声だったので。

ここに滞在するようになってから何度も客室清掃係を見かけており、廊下で挨拶を交わしたこともある。客室清掃係は何人かいるようだが、全員が4、50代の女性だった。

だから疑いもせず、掃除に来たのだと考え、そして、ああ、やっぱり寝坊してしまったのだと確信した。

「ごめんなさい。もう少ししてからにしてもらえますか? すぐに出かけますから!」

ベッドの上から、ドアの方へ向かって大声でそう呼びかけた。

しかし、返事がない。「わかりました」とか「失礼しました」とか定型的な台詞が返されるものとばかり思ったのだが。

無言で、ズリッズリッと足を引き摺り加減に入ってきてしまった。

そちらを振り向くと、例の陽炎が揺らいでいた。

悲鳴が喉で膨らんだまま留まり、窒息しかけて眩暈を覚えた。ギュッと目を閉じると、間もなく、ドアの手前のクローゼットの方から、荷物を物色するようなゴソゴソという音が聞こえてきた。

――狭いシングルルーム。あいつを回避して外に逃げ出すことは不可能だ。

硬く身体を縮めて、冷静にならなくては、と必死で呼吸を整えた。叫んで飛び出したら、何をされるかわからないという気がしたのだ。

お願いだから出ていって! そればかりを強く念じた。

しかし、やがてそれは、ズルズルとカーペットに足を擦りつけながら、ベッドの枕もとの方へ接近してきた。

もう、死に物狂いで逃げるしかない! そう決意したのに。

「グエッ」

カエルそっくりの呻き声を立てて動作を止めたのは、突如として両手が首に掛かったからだ。

分厚い掌だが、芯に骨が無い。人の手ではないのだ。