沢木耕太郎によって傷付けられた石原慎太郎 『水道橋博士×町山智浩 がメッタ斬りトーク』(6)
博士:俺、石原慎太郎の話って、『お笑い 男の星座2』で、百瀬さんの章を書いたときに出てるの。石原裕次郎の用心棒だったから、百瀬博教さんっていう作家はね。もう亡くなって10年経つけど。
で、その話を書いたときに、見城徹さんが激賞してくれたの。「あなたを見誤ってた」って。「ここまで書ける人だとは思わなかった」っていう話をされて。それだったら、俺は『お笑い 男の星座』シリーズは文春文庫ではなくて幻冬舎アウトロー文庫に入れて欲しいって言ったのね。アウトロー文庫が大好きだったから。文春文庫の中では満足できないっていうところで。そこで見城徹にアポをとって幻冬舎の社長室までいって直談判する。
で、その時の見城徹の条件は、『お笑い 男の星座2』は傑作だと認める。だけど、百瀬の章を省いてくれ。なぜならば、石原慎太郎に関して揶揄したり、ああいう表現は載せられない、と。石原慎太郎に添い遂げるつもりだからね、見城徹は。それはもう何回も宣言している。石原慎太郎だけは一生裏切れないっていうね。
『てっぺん野郎』って佐野眞一が書いたじゃない、石原慎太郎の評伝をね。あの時、慎太郎も取材を受けてて、本人の自意識は、あんな風に佐野に書かれたのは全部心外だった。自分のお父さんから、出自から全部書かれてさ。自分はわざわざインタビューに答えてるのにさ。佐野眞一の本だからさ、要は権力者をからかうわけじゃん、佐野眞一はルポライターなんだから。
慎太郎は『空疎な小皇帝』っていう本でも斎藤貴男さんにも書かれて、それも俺は読んでたからさ、不本意なんだろうなって思って、「で、知事、どうでした佐野眞一にインタビューされて」って。その頃は番組共演してたからさ、石原慎太郎に聞くわけですよボクが。そんなの聞くのはボクだけですよ。そしたら「あいつは俺を、あれだけ聞いて、あれだけ探って、あんな風に書いたから、今度会ったら絶対殴ってやる」って。やっぱ、結論は「殴る」って言うんだよね(笑)。
町山:「今度会ったら」じゃなくて。今から殴りにいけばいいじゃん。ASKAみたいに。
博士:あれは、これから「一緒に」殴りに行くからねえ(笑)、ひとりじゃない。でも、必ず言うんですよ。俺の書く虚勢を張る人は、「殴ってやる」って。
町山:でも「今度会ったら」なのね。
博士:その話を見城さんにしたのね、「そう言ってました!」って、そしたら、見城さんが言うわけ。慎太郎はね、沢木耕太郎が新進気鋭のマッチョで売り出したときに、『馬車は走る』っていうノンフィクションを文春から出したんだけど、その時に石原慎太郎が美濃部さんに負けた75年の都知事選を沢木耕太郎が取材してね。沢木耕太郎って今はもう、おじいさんだけど、デビューした時の、とにかく若手のノンフィクションが書ける男の中の男、ぐらいな取り上げ方をされたから、慎太郎もついに俺の漢の部分を書いてくれる若者が現れたって取材をOKしてね。「好きなように書け!」って言ってさ、男らしい振る舞いをしたの。
40日間、選挙に密着させてね、そしたら『馬車は走る』の中の「シジフォスの四十日」って章だけど、「シジフォス」は「徒労」って例えで題名に皮肉を込めてんだけど。これが石原慎太郎の人としての薄情なところを捉えているんだよ。ステーキハウスでボーイと鉢合わせて、「どけよ!」と言う所とか。カメラマンに「もういいだろ!」とか言うの。その振る舞いに、沢木耕太郎も失望しちゃう。
(馬車は走る「シジフォスの四十日」より)
ある日、石原と参謀グループがステーキを食べに行った。飛び石づたいに離れて向かう庭で、石原とボーイとがハチ合わせしてしまった。二人は一瞬、棒立ちになったが、どちらも譲ろうとしない。石原が言った。
「おまえ、ボーイだろ、どけよ!」
理は石原にあったかもしれない。だが、その時ボーイの眼に浮かんだ憎悪には、かなり激しいものがあった、という。
いったんは引き受けているのに、数枚撮られると「もう、いいだろ!」と険のある声で言うのを聞くと、傍にいる方がドキッとしてしまう。
演説会で酔っ払いが「慎ちゃーん」と呼びかけると、石原はいかにも不快そうに「酔っ払いだろ、それ、早く連れ出せよ!」と会場係に命じたりと、選挙中にしばしば苛烈な態度をとる。
だが、この細心さが人と対応するときに発揮されない。とりわけ、不潔であったり無能そうであったりする者に対して、苛烈と思える言動をとることがある。まさにこのような人々にこそ優しさが必要なはずだったのだが……。
博士:「慎太郎が、沢木耕太郎の文章を読んだ時、本人のショック、あの時の傷ついた心中、それが忘れられない」っていうのよ、見城さんが……。精神的なホモ? 連帯感? 絆? もう、「だから、俺の石原慎太郎を傷付けたくない」って。それはそれで俺は大好きな世界観だけどね。
町山:「俺の慎太郎」って(笑)。それで次に、佐野眞一の本によって傷付けられたのを見たから?
博士:石原慎太郎が、沢木耕太郎によって傷付けられたのを見た、その時の悲しみを知ってるから、君が将来的には、百瀬さんって裕次郎のボディガードだから、裕次郎に惚れてんで数々の修羅場を踏むんだけど、その一方で、兄の慎太郎のことはバカにしてたから、こと、いざ、ほんとのケンカが弱いことに関して。
町山:なんでケンカで人の価値を決めるの。それ、大事じゃないから。
博士:もちろん。もちろん(笑)。でも、サブカルでも久田将義さんなんかは、生身の暴力論なんて主題に据えているし、百瀬さんは、生来のソッチの人だから。ケンカに勝つために拳銃250丁、密輸入して捕まった人だから(笑)。アラブに渡ってマシンガンを密輸入しようとまでしてた(笑)。本当にそっちの世界側。そういう人だから、銃口の前では男・石原慎太郎ですら、しょせん弱いってことが分かっちゃうの。
町山:弱くてもいいよ。なんで強いか強くないかにこだわるの~。もう本当変だね。
博士:もちろん、そこは変だけど、でもそこはあれじゃない。町山さんもこうやって(拳銃を)こめかみに突きつけられてさ、「撃つぞ!」って言われたらさ、今までの映画で見たシーンを思い返してさ……。