福島第一原発事故 10年目で出て来た新事実 「フクシマ・フィフティー」のアナザーストーリー 第5回(インタビュアー│奥山俊宏、久田将義)

東電の当時の記者への説明によれば、1号機の原子炉建屋の最上階は鉄骨に鉄板を張り付けた構造になっており、爆発の被害を受けたのはそこだった。建屋の下部の鉄筋コンクリート造の部分に大きな損傷はないという説明だった。

彼がいた免震重要棟の前の駐車場は1号機の原子炉建屋から直線距離で350メートルほどの近さだった。

奥山:バスの中で外にいろんなものが吹いているのが見えたっていうのは、それは何色に見えるものなんですか?

マサ:茶色ですね。茶色いものがこう、砂ぼこりみたいなのが茶色いものがバーンとなったあとに、あとから保温材みたいなのがフワフワフワーッみたいな。

奥山:保温材は何色みたいなんですか?

マサ:保温材も茶色っぽいというか。もともとは白系なんでしょうけど、そういうものがフワフワフワーっとたくさん舞ってるような。

奥山:衝撃っていうの?

マサ:衝撃はあんまりなかったですよ。免震棟の外側の駐車場で、こっちが1号機ですから、ここがドーンといったわりには、ここのバスの窓ガラスは全然割れないですし。

奥山:免震棟があってそのこっち側(免震重要棟をはさんで1号機とは反対の側)なんで、直接の衝撃は受けない。

マサ:そうです。

奥山:免震棟の屋根越しというか、上から。

マサ:そうです、上からブワーッと来る感じです。ぼくらはこう見上げてる感じですから。通路に下になって。

奥山:特に臭いとかがあるわけではない?

マサ:なかったですね。

奥山:「これはブローアウトだ」って言った東電の人は、同じバスに乗ってる人ですか?

マサ:乗っていました。

奥山:放射線管理の人?

マサ:じゃなくて、その人はメンテナンスのほうの担当の人間です。

奥山:その人は誰かから連絡を受けてそう判断したんじゃなくて?

マサ:自分で。本人が言いましたね。すぐ言いましたから。

久田:ブローアウトだからイコール安全だっていうことを言いたかったんですかね?

マサ:いや、違うと思います。その現象がブローアウトだっていうことだけだと思います。

奥山:それは音で判断したんですかね?

マサ:音で判断したのか、ある程度の「圧力が高まるよ」っていう情報があったのか、それはちょっとわからないですね。「圧力が高まりつつある」という情報を得てたのかもしれないし。ただ、彼は汚染してる状況なんで、ぼくらと同じ状況なんで、動けない状況にあったのかもしれない、ただ電話では連絡が取れたのかもしれない。そこはちょっとわからない。

奥山:原因が水素だっていうことは、その時点ではわからなかったんですか?

マサ:わからないですね、ホントにその「ブローアウト!」っていう言葉だけで、内容的にはそれ以上はない。

奥山:1号機かどうかっていうのは……何号機かは見えない場所ですよね。ただ、1号機だろうとは……

マサ:そうですね。まあ、一番近いところで一番近い形だったんで。向こうのほうじゃなかったんで。1、2、3、4といくとだいぶ遠くなっちゃうんで。免震棟の裏でドーンっていう感じだったんで、やっぱり1号機だと。

奥山:双葉町長が同じようなことをおっしゃってるんですよね。双葉町の役場って3キロぐらい離れてるんですかね。やっぱり断熱材みたいなのが雪みたいに降ってきたって。

震災直後の双葉郡。

【東京電力が2012年6月に公表した報告書(東電事故調報告書)は別紙の中で、1号機爆発時に現場にいた同社員の「現場の声」を次のように紹介している。
「消防車の窓が爆風で割れて,それからスポーンと(瓦礫が)とんできた」「ものすごい音で,爆音と共に,中が浮いたみたいな感じになった」
「なんの前ぶれもなく突然中央制御室全体がごう音とともに縦に揺れた」
「ドンと音がして,縦揺れがあって,天井が落ちてきた。地震かと思った」
「突然「ドガーン」とものすごい音と共に天井のルーバーが外れ中ぶらり」

門田隆将氏の2012年の著書『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』によれば、1、2号機の中央制御室にいた主任の本馬昇氏は「いきなり押しつぶされるような、ものすごいドーンっていう音と揺れ」に思わず床にへばりつき、免震重要棟の玄関右の待機室にいた自衛隊郡山駐屯地の渡辺秀勝曹長は「一門じゃなくて十門くらい並んだ火砲を一気にドーンと撃ったような感じ」に爆発音を聞いたという。
共同通信の高橋記者の2015年の編著書『全電源喪失の記憶』は爆発音について「ポンッ」という「大きな乾いた音」と描写し、免震重要棟の入り口近くで作業員の列に並んでいた梅松氏の言葉として「軽い音だった」と紹介している。

福島第一原発の免震重要棟と東電本店や福島第二原発、大熊町のオフサイトセンターなどをつないだテレビ会議の画面のうち、免震重要棟の緊急時対策室を映し出していた画面は、午後3時36分、縦に揺れた。あわてて上を見上げる人、頭の上から落ちてきた天井材をはらう人、天井の方を指さす人たちの姿がその画面に続けて映し出された。
東京新聞原発事故取材班の2012年の著書『レベル7 福島原発事故、隠された真実』によれば、免震重要棟にいた福島第一原発の角田桂一報道グループマネージャーは、突き上げるような激しい揺れに、またしても余震が来たと思いつつ、「でもちょっと揺れが違うな」と感じたという。