フィリピン大統領選で在日フィリピン人たちの本音を聞いてみた なぜ独裁者の息子は大人気なのか 英雄・パッキャオは「ボクシングだけ」と辛らつ
ミンダナオ島に住む英語教師(25・女性)は心情的には同郷のパッキャオ支持だった。しかし大統領にしたいという気持ちとは別なのだという。彼女は消極的な理由でマルコス支持だった。
「寄付をしたり、公民館を作ったり。パッキャオさんはミンダナオ島に建物をたくさん建ててくれた。すごく立派な人。だけど経験が足らないよ」と言って残念そうにした。
マルコスの後、政権をとったアキノ一族と比較してマルコスを支持する人もいた。
「父マルコスの後のアキノ政権で経済が破壊されたでしょ。父マルコスの時代に経済発展を果たしたのにアキノ一族がぶち壊しにした。ボンボンにはぜひまた経済を発展させてほしいわ」(セブ島在住の英語教師・31・女性)
話しを聞かせてくれたフィリピン人たちに共通するのは、「独裁者父マルコスの悪業の数々について、よく知らない。実感がない」ということだった。
●マルコス負の歴史
ボンボン・マルコス氏の父親、フェルナンド・マルコスの約20年間の独裁体制について振り返っておく。
大統領に就任した当初である1965年から70年代初頭、父マルコスは、インフラ整備を積極的に行ったり、経済振興策を推し進めたりして、経済成長を大いに果たした。しかし1972年、全土に戒厳令を敷き、独裁体制を強化している。
「国際団体は拘束や拷問、失踪、殺害などの被害者は10万人超と推定、一族による推計50億~100億ドルの不正蓄財も明らかに」(東京新聞2022年5月7日号)
やりたい放題の父マルコスに対し、やがて国民の不満が爆発する。1986年には革命が起き、マルコス一家はハワイへ亡命した。彼らが明け渡したマラカニアン宮殿からは、イメルダ・マルコス夫人がコレクションした高級な靴が1000足以上、そのほか高級ランジェリーや高級バッグなど、贅を尽くした品々の数々を不法蓄財していたことが明るみになり、世界中を激怒させた。
10万人超の人を捕らえたり、拷問したり、殺したりした独裁者の父と、靴のコレクションで有名なイメルダ夫人を両親に持つボンボン氏と、身体一つで稼いだ巨額の富を祖国に還元する国民的英雄のパッキャオ。
二人を比較すると、個人的には、圧倒的にパッキャオの好感度が高い。彼こそ大統領にふさわしい。僕はそう思っていたが、フィリピン人の思いは違うところにあった。
●フィリピン人は誰もマルコスを知らない
ではなぜ、マルコス氏がこんなに人気があったのか。実際のところ選挙について、オンラインを使って、知り合いのフィリピン人記者に聞いてみた。
――今回、マルコスの圧勝となりました。なぜマルコスはこんなに人気があるんですか? 彼の父親は独裁者だったのに。
「良い質問ですね!! 若者は歴史を知りません。SNSに書いてあるフェイクニュースを簡単に信じちゃうんです。もちろん私はそれが嘘だとわかっています。だから私はマルコスに投票しません」
マルコスは任期前半の経済成長だけを言いつのり、負の部分について、なにも言わない戦略で勝利したのだ。
記者には個人的な疑問もぶつけてみた。
――BBA、BBAってコール、どういう意味なんですか? 日本に住んでいる知り合いのフィリピン人の中年女性たちははBBA、BBAってコールして盛り上がってます。
すると記者は、「マルコス支持だなんて信じられない」という表情を浮かべたあと、次のように教えてくれた。
「それはBBAじゃなくて、BBMね。でそのBBMだけど、ボンボン・マルコスのイニシャルです」
なるほど、出稼ぎ女性たちが自分たちのことを「ババアババア」と自虐的に言っているわけでは、やはりなかったのだ。
フィリピンは今後どうなるのだろうか。ボンボンが、父マルコスのような独裁者とならず、6年後、平和裏に次の人に政権を渡すことを願うばかりだ。(文@西牟田靖)