BUCK‐TICK櫻井敦司さん逝く 仲間である有名ミュージシャン達からの惜しむ声

左・櫻井敦司さん。右・ISSAYさん。

人気ロックバンド、BUCK-TICKのボーカル、櫻井敦司さんが、10月19日、脳幹出血のため、57歳で急逝しました。 19日 に、KT Zepp Yokohama横浜で開催されたファンクラブ向けライブのステージで倒れ、救急搬送されたままを崩し、搬送されたが、同日午後11時9分に息を引き取りました。 葬儀は遺族の意向により近親者にて家族葬として執り行われたことを24日に事務所が発表しました。

LIVEの観客によれば、1曲目を歌い終えたところでふらつき、転倒。 2曲目で座り、3曲目まで歌ったものの、スタッフの肩を借りてステージの袖に消え、そのまま帰らぬ人になってしまいました。

音楽業界からは悲しみの声が広がっています。

東のYOSHIKI、西のKENZIと呼ばれたビジュアル界のカリスマKENZI(THE DEAD P☆P STARS/アンチフェミニズム)。

「90年代、X JAPANのHIDEちゃんに、BUCK-TICKの横浜アリーナ公演に連れて行ってもらい、打ち上げで紹介してもらいました。 世の中にこんなにかっこいい美男子がいるんだって衝撃的でした。 『櫻井敦司です』ってカッコいい声の自己紹介にも感動しました。 優しい方でした。カリスマボーカルの先駆者。 35年もメンバー変更もなくずっとやっているバンドは尊敬します。うまく言えませんが、BUCK-TICKこれからも頑張ってください。僕らは生きて生きて生きまくるしかないです。ご冥福をお祈りいたします」

ロックボーカリストの森下玲可。

「先ずは、櫻井敦司さんの急逝にあたり、心よりお悔やみ申し上げます。 あの BUCK-TICK櫻井さんがステージで倒れた、 え? まさか??と、嫌な予感を感じつつも、きっと元気になって復帰されるで あろうと思っておりましたが、願い虚しく帰らぬ人になってしまわれて、本当 の意味で『伝説の人』になってしまったと感じます。

『あっくん』『あっちゃん』と、周りからはそう呼ばれていましたが、素顔の櫻井さんは本当に物腰が柔らかで穏やかで優しい方でした。 櫻井さんとの思い出、出会いは、2001 年くらいだったと思います。 私が連載を持っていた雑誌の対談記事に出ていただきました。

当時、私は飲食店の経営もしており、雑誌の企画上、そこで私の作る料理を食べながらゲストの好きなお酒も飲みながら、近況をインタビューするという対 談でしたが、店に入って来られた時のそのオーラにスタッフ一同、息を呑んだ 記憶があります。 私も初めてお会いする櫻井さんと、至近距離でお話するのでとても緊張しまし たが、それがそれが、とても優しい雰囲気を出されたことで、こちらが逆に落ち着いたのも覚えています。 本当に紳士的で物静かな佇まいですが、一方で笑顔も素敵でとても上品な方でした。 ステージでは、COOL な印象が強くて怖そう!って思っておりましたが、全く違ったのを覚えています。 あの日、ゆっくりと飲みながらお話が出来て本当に良かった。ブッキングしてく れたスタッフに改めて感謝です。私の中で宝物のような思い出です。 櫻井さんと私とはデビューの時期は違いますが、年齢もほぼ同じくらいで、好き な音楽も近く、とても話しが弾みました。 あれから約20年ですが、これからも、もっともっと活躍されることだったと思 います。 惜しい方を日本の Rock 界は失くしました。 ご冥福をお祈り致します」

ロックミュージシャン撮影の巨匠、カメラマン加藤正憲氏。