官房機密費等騒動で「政治家という生き方」を考えてみた│プチ鹿島
武藤敬司はかつて「プロレスはゴールの無いマラソン」と言ったが、政治家の人生も似ているのでは?と思うことがある。引退してもまだ生々しい人をよく見かけるからだ。死ぬまでが闘いなのだろうか。
たとえば毎日新聞が山崎拓氏にインタビューした記事は良かった。『この国はどこへ これだけは言いたい 「戦う覚悟」は軽率、無責任 自民党元副総裁・山崎拓さん 86歳』(10月20日)である。
戦争を知っているこの世代は、党派を問わずに2度と戦争はゴメンだという人が多い。そのメッセージは貴重である。一方で記事を読むと山崎拓氏はある人物を徹底批判している。麻生太郎氏である。今夏に麻生氏が台北で講演し、「日本、台湾、米国をはじめとした有志の国に、強い抑止力を機能させる覚悟が求められていると思っております。こんな時代はないのではないか。戦う覚悟です」という発言に対してヤマタクは批判しているのである。山崎拓対麻生太郎といえば福岡県を地盤とし、国政と県政の双方でしのぎを削ってきた関係だ。ヤマタクは引退してもなお麻生案件になると燃えるのである。引退してもまだ生々しいのは最近も見かけた。
石川県の馳浩知事が東京五輪招致の際に「機密費で贈答品」と発言して注目が集まった。その瞬間から何ごともなかったように政治家側は官房機密費について喋らない。しかし各マスコミである人物が証言しだした。河村建夫氏である。
『河村氏が重大発言 選挙運動に官房機密費!? 』(夕刊フジ12月6日付)
《河村建夫元官房長官が、官房機密費(内閣官房報償費)について、重大発言を続けている。週刊ポストや朝日新聞の取材に対し、国会対策や選挙活動への支出を示唆したのだ。》
河村氏は、麻生太郎政権(2008年9月~09年9月)で官房長官を務めた。しかし林芳正氏との公認争いに敗れて21年に政界を引退した。それだけでなく長男の健一氏は落選を続けたあと自民党を離党(次は維新から出馬するという)。そういう背景を知ると、河村氏がいろいろ喋る気持ちになるのも見える気がする。引退しても死ぬまで政治家は「一刺し」を狙うのかもしれない。私怨も含めて。
それでいうとこんなニュースもあった。