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「本当に殺されるかもしれない。でも、私はファンの前では笑顔でいたい」
有名アニメに出演し、歌手としても精力的にライブ活動をしていた人気女性声優の佐藤聡美さんはそう周囲に語っていました。
彼女はツイッター上でずっと一人の人間から自殺のほのめかしや罵倒などのメッセージを送られ続けていました。『死んでやる』『裏切り者』などという内容のメッセージです。全て無視して一切反応せずにいると、今度は手紙が送られてきました。
「カギつきの捨てアカウントをつくるからそこで話がしたい」
という手紙でした。この人物については彼女の所属する会社内でもかねてから問題になっていました。握手会などのイベント時には警備を増員して対応していましたが、ライブを翌々月に控えたある日に決定的なメッセージが送られてきました。
「犯行予告と受け取ってもらって構いません。あなたに危害を加えます。負け犬人生をおくります」
彼女の所属事務所は被害届を提出し、程なくして安本純(裁判当時39歳)は逮捕されました。
仕事を辞め、ひきこもっていたという被告
安本は専門学校を卒業後、准看護士として勤務していましたが人間関係や仕事上のストレスからうつ病になり逮捕される三年前に退職、その後は無職でした。大阪の実家で母、姉と同居していて、本人の供述によると
「いわゆるひきこもりのアニオタで、自堕落な生活をしていた」
ようです。退職したことで社会とのつながりを失い、心を許せるような人間関係も持たなかった彼が出会ったのが件の声優でした。
落ち込んで何も出来ない時、もう何もかもどうでもよくなってしまう時、彼はいつも彼女の出演作や歌声、そして笑顔に助けられ癒されてきました。うつ病が一番ひどかった時期は『人とまともに話すことすら出来なかった』そうです。そんな彼にとって、救いを与えてくれる彼女は唯一の特別な存在でした。
安本には他にも好きな声優がいたようですが、実際にコンタクトを取ろうと思い、ツイッターでリプライを送ったのは彼女だけでした。
彼はライブやイベントにも通うようになりました。無職で貯金もないひきこもりの彼は、チケット代金や交通費を母親からもらっていました。この事件の裁判には母親は姿を現してはいません。経済状況が非常に悪く、東京までの交通費が捻出できなかったからです。
彼女への距離が分からなくなっていくーー
はじめはただの熱心なファンの一人だった安本の彼女への想いは暴走していきます。
「恋愛感情みたいなものもあるけど、家族のようでもあるし...いろんな立場に自分を置いてメッセージを書いていた」
しかし、彼女がリプライに反応してくれないことに苛立ちが募るようになっていきました。やがてそれは怒りに変わっていきます。
「迷惑をかけるのはわかっていた。ただとにかく反応してほしくて...」
彼の送るメッセージは日に日に過激で乱暴な言葉に変わっていき執拗さもエスカレートしていきました。彼女が食事に行ったことをツイートしたときには、嫉妬心を剥き出しにしたリプライを送っていました。
声優とファン。
この距離感を彼は完全に見失ってしまっていたのです。うつ病、退職、ひきこもり...失い続けた人生の中で、彼に無条件に優しさと暖かさをもたらしてくれる存在は彼女だけだったのかもしれません。何も持たない彼は、それさえも自分の手で壊してしまいました。
安本の逮捕を受けて被害者の佐藤聡美さんがコメントを出しています。
「今も不安な気持ちはなかなか消えてくれません。私はもうこんな思いはしたくないし、他の人にもこんな思いはしてほしくありません。
だから今回の件が皆さんにとって、言葉の使い方や言葉の発信の仕方を考えるきっかけになってくれればなと、今はそう思います。
こんなことで、私達の大事な場所は奪わせません」
彼の場所は、もうここにはありません。
取材・文◎鈴木孔明
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